今月の言葉

平成24年3月の言葉 「 共生のこころ 」
     Remember that we all share our existence here together
  『 自然のあらゆるもの、人びとのいのちのつながり、そして過去から
     今、未来へと続くいのちと共に生かされている私たち。 』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H24_No.539
   <写真は学校長揮毫の書>

 この原稿を書いている今日は、1月17日です。
 より一層寒さが身にしみるこの時期、もっと寒いであろう東北のことを考えると、本当に胸が締め付けられます。
17年前の早朝に起こった阪神淡路大震災、何の前触れもなく、早朝に起きた地震。兵庫に生まれ育った私には、あの瞬間まで地震は全くの他人事でした。
 多くの命が一瞬にして奪われ、自坊は半壊、鐘楼は全壊してしまいましたが、本当にありがたいことに、私の家族は皆無事でした。しかし、お亡くなりになった方や、そのご家族のことを考えると、とても複雑な気持ちでした。また“死”は、老いて初めて身近になるものではなく、突然、思いもかけずやってくるものだと痛感しました。
 あれから17年。
 大きな被害を受けた地域では全てが復興したわけではありません。家族や大事な人を亡くされた方の心の傷は、容易に癒えるものではないのです。
 私たちは、あの地震のこと、あの地震によって起きた様々なこと、あの地震によって知ることができたことを忘れてはいけないのです。
 昨年起きた東日本大震災、まだまだ時間はかかりますが、東北の方の傷が少しでも癒え、前進することができるように、我々僧侶が伝えなければならないことがあります。それは、「亡くなられた方に、お念仏でまごころを手向けましょう」ということ、そして被災された方に、「私たちが共におります。どうぞ一緒にお念仏をとなえ、極楽への往生を思い、心安らかに日々を過ごせるようになりましょう」と寄り添うことです。 
 突然大切な人を亡くしたという重い事実は、すぐには受け容れられないと思います。しかし「必ずいつの日か、先立たれた大切な家族や愛する人が待つ極楽でお会いしましょう」と共に願うことが、この世を生き抜く支えとなるのではないでしょうか。お念仏にご縁のなかった方のためにも、お念仏のご回向を行うことが大事です。
 そうした心、つまり法然上人のみ教えを共に信じ、共にお念仏をとなえ、共に極楽往生を願う心こそ、法然上人のみ心に叶った生き方であり、『共生のこころ』なのです。
 自分自身はもちろん、あらゆる人が極楽に往生し、仏となれる阿弥陀さまの本願を信じ、毎日「南無阿弥陀仏」ととなえ、未来(来世)を見つめ、今をしっかり生きることに共に励みましょう。  

  兵庫県西宮市  西方寺副住職 貴田大介氏

平成24年2月の言葉 「 ぬくもりのある ひと声を 」
     Cheerful words warm up every heart.
  あなたおやさしさ、思いやりの言葉が、人と人とのかかわりを良好にするのです。
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H24_No.538
   <写真は学校長揮毫の書>


2月のことば
ぬくもりのある ひと声を

 浄土宗僧侶になり1年余りが経ちました。知恩院で伝宗伝戒道場を成満した時、既に私は35歳。お寺で生まれたことが嫌で、回り道をしました。しかし自ら発心し、お寺に戻り僧侶になることができました。それは多くの人からの「ぬくもりのあるひと声」があったからだと感じています。
 「ぬくもりのあるひと声」というと、その声を受け取る側からすると、まず「優しい言葉/優しい態度」を想像してしまいます。しかし、本当の意味での「ぬくもり」は、実はその場ではなかなか気づくことのできない「厳しい言葉/厳しい態度」の中にもあるのではないでしょうか。
 道場に入行してすぐの頃、我々修行僧のおぼつかない作法に対し「最初からやり直しや!」「なんでバラバラやねん!」「声が出てない!」「嫌なら帰ってしまえ!」という諸先輩方からの厳しい言葉。京都の冬の厳しい寒さもあり、体の内から震え上がり、涙をこらえながら「自分で選んだ道だけど、なぜこんなに辛い事をしなければならないんだ」と弱音を吐きそうになる自分がいました。
 しかし、道場生活が終わり、本山の門を出て、久しぶりに普段生活している景色を目の前にして、不安な気持ちがこみ上げてきたのです。「世の中の人達にお坊さんとして認めてもらえるのだろうか?」「道場でもっと身につけるべきことがあったのではないか?」それと同時に、厳しい言葉だと捉えていたのは私の大きな勘違いだった、自分は道場という環境に守られていた、ということに気づいたのです。
 我々が抱える煩悩「貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)」に、瞋、すなわち怒りがあります。「怒る」に似た言葉に「叱る」という言葉があります。似ているようで大きな違いがあります。「怒る」は自分が思い通りにならないことが原因で起こる気持ち、「叱る」は相手のことを思うぬくもりが原因となって起こる気持ちです。
 叱る側にとって、人を「叱る」ということは体力・気力のいる行為です。それでも相手のことを思うからこそ「叱る」のです。叱られる側は、「なんで怒られているのだろう?」と感じるかもしれませんが、時間が経つにつれ、怒られていたのではなく叱られていたのだ!と、相手のぬくもりを感じる時が必ずやってきます。
 どうか皆様も普段の生活で、ご家庭で、地域で、時に「叱る」ことを通して「ぬくもりのあるひと声」をおかけください。  

  奈良県田原本町 安養寺副住職 松島靖朗氏

平成24年 1月の言葉 「 その一歩が道となる 」
     The first step leads to your own way
  

   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H24_No.538
   <写真は学校長揮毫の書>

 新しい年が始まりました。一年の計は元旦にあり。今年の「道」について、考えてみるお正月にしませんか。
 さて、私が住んでいる大分市の北、周防灘に面した宇佐市に善光寺というお寺があります。そのお寺は、毎年元日の夕方から5日の朝まで、年頭別時念仏会を勤められています。別時念仏とは、時間を定めて、その間ひたすらにお念仏をとなえるお勤めです。
 私が昨年、その別時念仏に参加した時のことでした。大学の休みで帰省していた女性が、善光寺さまを訪ねてきました。
 善光寺さまのお檀家さんではないのですが、小学生の頃からよく家族でお寺をお参りされ、お寺の子供会に参加していたこともあり、私もよく知っている方でした。
 彼女は、今まで別時念仏に参加したことがありませんでしたが、知人の私たちがいたこともあり、試しに5分だけ参加してみると話されました。
 本堂でお念仏を始めてみると、共にお勤めしている方々の声に合わせて大きな声でお念仏をとなえ、5分どころか、家族が迎えにくるまでの30分ほど続けていました。翌日また訪ねてこられたので、感想を尋ねると、「みんなの声に合わせてお念仏をとなえたら、すごく気持ちが良かったよ」と答えてくれました。まず、その一歩を踏み出すことが大切です。
 法然上人の詠まれた「極楽へ つとめて早く 出で立たば 身の終わりには 参りつきなん」という歌があります。これは「旅が朝早く出立するのが習いとなっているように、極楽への旅立ちも早く発心してお念仏に励めば、この命が終わる時に必ず阿弥陀さまのお迎えをいただいて、極楽に生まれることができます。今からただちにお念仏信仰の道に励みなさい」というお示しです。
 「お寺にお参りするのは、年を取ってから」では遅いのです。お念仏の教えに出会ったならば、今すぐに善い習慣(お念仏の信仰)を始めましょう。そして、その一歩ずつが往生への積み重ねへと続いてゆくのです。
 法然上人八百年大遠忌の法要が、昨年10月に京都の総本山知恩院様でお勤めされました。しかし、たとえ大遠忌の年が過ぎても、ここでお念仏のお勤めは終わりではありません。今年の1月25日には、上人の八百一回忌のご命日を迎えます。
 この先さらに続く道のりの、新しい一歩を踏み出す未来への大切な年です。皆様の一歩が、素晴らしい道へと続きますように。  

 大分県大分市  安養寺副住職 阿部昌道氏

平成23年12月の言葉 「 断ち切る勇気 続ける根気 」
     Have the courage to change, and the patience to forge ahead.
  今年1年、いかがでしたか? あららめるべきこと、続けるべきこと、新しい年に向けてせんたくしておきましょう。 

   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H23_No.537
   <写真は学校長揮毫の書>


 今この新聞を開き、このコーナーを読んでおられる方は、「断ちきる勇気 続ける根気」というこの言葉を読んで、どう感じられたでしょうか?
 断ちきるのか続けるのか、どっちなんだと思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
私は、この相反する言葉の共通点は"決断すること"だと思いました。断ちきるにしろ続けるにしろ、場合によっては相当の覚悟を要することもあります。
 例えば、何か習いごとなどを、趣味程度で済ますのか、続けてさらに上を目指すのか。
 何をやめて何を続けるか、仕事、趣味、人間関係など色々あると思います。きっと悩まれることでしょう。長く続けてきたことを断ちきるには相当な勇気が必要です。しかし今まで続けたことをやめたとしても、そこで無になってしまう訳ではありません。
 そこまで続けた過程そのものも、大切な経験なのではないでしょうか。その中で経験した出来事やアイデアが今後の人生での土台となり、新しいことに取り組んだ時に生かされてくるはずです。"続けた"ことそのものも、自信の一つになると思います。年の瀬を迎える大きな節目のときです。大掃除と一緒に、身の回りの事を振り返ってみてはいかがでしょうか。
 阿弥陀如来がおさとりを開き、極楽浄土という仏国土を開かれる前、かつて法蔵菩薩であった時に、仏となるための48の願いを起こす過程で、5劫という無限に近い時間を費やされました。また法然上人は浄土宗を開く前に約7千巻と言われる一切経を5回も読み返し、私たちが救われる道を探してくださいました。
 どちらも長い時間をかけ、考えぬき悩みぬいた後に取捨選択という決断をしたからこそ、極楽浄土の世界があり、また浄土宗の教えがあるのです。
 このことを私達の生活に当てはめてみると、やり始めたらまず納得のいくまで続け、それからまだ続けるか、断ちきるかを判断しなさいということなのかもしれません。
 そして、どちらを選択するにしても大事なことがあります。それは自分の心や体を酷使しすぎないようにすること、また周りの方を困らせていないかなど、人の心に思いをはせることです。
 この2つのことに注意していただきながら、「断ちきる勇気 続ける根気」決断してみてはいかがでしょう。
 さて、あなたならどうしますか? 

  東京都北区  善光寺副住職  小野静法氏 

平成23年11月の言葉 「 ”わかる”とは ”かわること” 」
     True understanding leads to true change. 

  本当にわかったか、わかっていないか。それは、その後の言動に表れるものです。 
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H23_No.536
   <写真は学校長揮毫の書>

 いつからでしょう。周囲からの対応が変わったな、と感じたのは…
 現在私は、地元の教区青年会長のお役を頂いています。しかし学生の頃は役とは無縁、面倒臭がりで、隙あらばサボることばかり考えていました。
 ただ、正直には生きてきたつもりで、自慢にもなりませんが、授業はサボっても代返などは頼まず、休んだのに出たように振る舞ったことはありませんでした。要領が良い方ではありませんでしたが、それゆえの信頼を得ていた部分はあったのかもしれません。
 さて、3月11日の大震災後、日本中、特に東日本の生活は一変しました。津波被害に遭われた宮城のご寺院に、隣県の私どもからも、微力ながら青年僧を中心とした有志が赴き、支援物資の輸送や瓦礫撤去などのボランティア活動に参加させて頂いています。その行き先には、同級生や親友のお寺も含まれています。素人なので大きな仕事はできませんが、日に日にそこのご住職たちに笑顔が増えるのを見ると、同じ教えの仲間として、その時間、その場所に一緒に居ることが一番の目的だと思えてきます。
 4月5月の頃は、潮を被った草木は枯れ、無数の瓦礫に覆われた土地は、もうここには緑が芽生えないのではと思うほど大変な状況でした。しかし、少しずつ変化があらわれ、8月には草花が生い茂り、植物の生命力や適応力に本当に驚かされました。
 支援活動の現場で、久々に何人かの同級生に会いました。卒業後20年近くも経ち、皆良いことも悪いことも色々あったと思うのですが、一様にいい顔をしているのです。なぜだろう、と思いましたが、皆日々お念仏をとなえているからだと気付きました。
 まだ学生の時分には「坊さんだってただの人間なんだ」という気持ちが強くありました。しかし、僧侶として、住職として、また会長として、さまざまな立場を経験し、考え、行動し発言をしていく中で、少しずつ“思いやりの心”や“お坊さんであること”の自覚が生まれてきました。そうすると、周りの方々の対応も、確実に変化しているのを感じるようになりました。
 私たちは、色々なことを“わかり”、“変わる”ことで、周りのものごとに対応していきます。未熟な私ではありますが、決して変わることのない法然上人のみ教えを信じ、阿弥陀さまのお守りをいただく中で、上人のお弟子として、お念仏を未来へ繋げていきたいと思います。

山形県山形市 西念寺住職  清野信應 氏

平成23年10月の言葉 「 月を眺める 」
     The Buddha's compassion is like all-pervading moonlight.

  皆を照らしている月明かり。でも、お月さまを見ようとしなければ、なかなかそのことに気づきません。仏さまのお慈悲もそのとおり。
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H23_No.535
   <写真は学校長揮毫の書>

 「月かげのいたらぬとさはなけれどもながむる人の心にぞすむ」。これは浄士宗の宗祖である法然上人が、阿弥陀さまの本願力を月の光になぞらえて詠まれた歌で、浄土宗の宗歌となっています。
この歌には阿弥陀仏のお力、お慈悲というものは月の光のように届かない場所はなく隅々まで行き渡っているけれども、心を向けて認識しないとなかなかそのことに気がつかないということが示されています。つまり見ること、心を向けることによってはじめて、全てに行き届く月や阿弥陀さまというものの存在を実感できるのです。
 私たちの日常の中にもそのような、普段当り前すぎて気がつかないけれど、きちんと目や気持ちを向けるとそのありがたさに気がつくような事象はないでしょうか。
 私は現在一人暮らしですが、家族と暮らしていた頃は、何もせずとも時間になればご飯が出てくることが当たり前でしたしかし一人だけになり、そのありがたさを身に染みて実感しています。またこの世に生まれ普通に生活していることも、元を辿って考えれば、これまで親や周囲の人たちに守られ、育てられてきたからこそ可能なのだと気づくわけです。これはごく身近な例ですが、普段気づかないことでも、そのことに目を向け、向き合えば実感できることが多々あるはずです。
 阿弥陀さまのお力というものは目に見えるものではありません。しかし、月の光のように、全ての場所に行き渡っており、それに目を向け「南無阿弥陀仏」とおとなえすることで、人々を漏らすことなく苦しみの世界から西方極楽浄土へと救いとって下さるのです。
 今年は3月に起きた東日本大震災の影響により、節電を余儀なくされ、夜暗くなってからの街の雰囲気はそれまでと一変し、薄暗さを感じるようになりました。しかし、そんな今だからこそ、月の光のありがたさ、優しさ、あたたかさに気がつけるのではないでしょうか。
 法然上人のご在世の頃の夜は、今よりもはるかに暗かったことでしょう。だからこそ、周囲もよく見えない闇の中でさまよう人間を照らす唯一の光である月と阿弥陀仏のお慈悲を重ね合わせ、冒頭の歌をお詠みになられたのでしょう。
 日本にはお月見という古来の風習もあります。ぜひお月さまをながめ、その際は阿弥陀さまのことを思い出し、お十念をとなえていただければと思います。 
北海道札幌市 龍雲寺所属 丸山賢立氏

平成23年9月の言葉 「 夕日の彼方に極楽浄土 」
     Fireworks are most brilliant the darkest sky.

   『  夕日を眺めていますか。その美しさに何を感じますか。先立ったあの方は、「その先」の極楽浄土で待っていますよ。  』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H23_No.534
   <写真は学校長揮毫の書>


9月の言葉

 日本語の別れの言葉には、不思議な響きがあります。「さようなら(左様なら)」、「じゃあ」、「では」、「また」など、はっきりと別れを宣言するのではなく、未来に再会が約束されているかのような余韻を残しています。「いつか会える」いや、「会いたい」からこそ、そこで終止符を打たず、現在進行形の響きを残したまま、未来に待っている再会に向け、各々の物語を続ける。つまり日本語の別れの挨拶は、その先の再会へ向けての約束であり、そのスタートを宣言する言葉なのかもしれません。
 東日本大震災後のあるアンケートに「ぜひ備えておかなければと思ったものは」との質問があり、多くの方が「家族の連絡手段、集合場所の確認」と答えているのが目留まりました。今ほど家族との絆の大切さを実感する時はないのでしょう。
 地震などの自然災害に限らず、大切な家族との死別もまた、私たちの日常を突如分断するものです。そして愛する人との別れは、人生における最大の苦しみであり、その喪失は、お互いの間に築き上げてきた日々の物語に、終止符を打つものなのかもしれません。
 日本人は、葬儀や法事、日々のお参りなどを通じ、この世のご縁が尽きた先の物語を共有してきました。しかし、現代はその物語を失おうとしているようにも思えます。
 残念なことですが、私が旅立った後、私はこの手で家族を抱きしめることも、慰めの言葉をかけることもできません。大切な人との現在を、かけがえのないものと感じ、その絆が「とこしえ」にあることを願った時、今の私が備えておくべきは、それらの人々と、「その先」の物語を平生から共有しておくことであり、「家族の連絡手段や集合場所の確認」という視点で見れば、皆が一心にお念仏をとなえ、やがて往く極楽浄土に心を向けることでありましょう。
 9月はお彼岸の月です。お彼岸には太陽が真西に沈むことから、西の彼方にある極楽浄土に思いを向ける好機でもあります。私たちが極楽という彼の岸に思いを抱くように、あの夕陽の向こうの極楽にも、私たちの人生を見守ってくださっている方々がいます。
 「あんなこと、こんなこと」があればこそ、再会の喜びも深いもの。つらく悲しい時にも、「では、また」の先にある再会の約束と、お念仏を励みとし、自身の日々の物語を重ねて行きたいものですね。
 その物語をお土産に、極楽の蓮の上で語り合う、その日まで。 
  神奈川県平塚市 浄信寺住職  吉田健一氏

平成23年8月の言葉 「 花火は夜空にこそ映える 」
     Fireworks are most brilliant the darkest sky.

   『  どこででも、誰でも「夜空の花火」になれるはず。少しの勇気と心がけがあれば。  』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H23_No.533
   <写真は学校長揮毫の書>

 「ヤシマ作戦発動中」
 東日本大震災の直後に、インターネット上で一斉にこの言葉が叫ばれました。この「ヤシマ作戦」というのは、ある人気アニメの中で襲来する敵から人類を守るために、日本中の電気を1人の少年に託す作戦に付けられていたものです。これになぞらえて地震の影響による深刻な停電を防ぐために、節電を呼びかける際の合い言葉として使われました。
 私が住む東京では、震災から数カ月が過ぎた今も節電のために街灯やネオン広告等が消灯、もしくは減灯されていて、毎晩暗い街を不思議な気持ちで眺める日々が続いています。この様に暗くなった街を歩いていて、初めて気づいたことがいくつかあります。それはこれまでの夜がいかに明るかったのかということ。そして、そんな当たり前のことに今まで気づいていなかったということです。更には、視力の悪い私にも月や星がとても綺麗に見えるというおまけまで付いてきました。
 ネオンや街灯に煌煌と照らされた生活というのは、確かに私たちを豊かに便利にしてくれるものです。しかし、だからこそ見えなくなってしまう星があり、灯りの有り難さも忘れてしまうのだと思います。
 法然上人はご法語の中で『還愚(げんぐ)』という教えをお説きくださっています。『還愚』とは、おごる事無く素直な心で自身を見つめなさいということです。私たちは「今までこんなに勉強をしてきたんだ」「あの人よりは偉いんだ」というようなプライドで、どうしても自分を飾り立てたくなってしまうものです。しかし、そのために還愚の心を忘れ、本来到底お浄土には生まれることなど出来ない私たちであるということを見失い、お念仏を申すだけで阿弥陀さまのお迎えを頂けることの有り難さをも忘れてしまうのです。
 街を煌煌と照らし飾り立てるネオンを消して夜空を見上げるように、私自身を飾り立てる智者のふるまいの電飾を吹き消して、素直な心で自身と阿弥陀さまに向かい合うことが出来たならば、「どうか阿弥陀さま、お救いください」と心からお念仏をおとなえさせて頂くことができるのだと思います。
 今年も夏を迎え、各地で花火大会が催される季節になりました。なにかと不便に感じ、また夜道に不安を感じずにはいられない暗い街ですが、そんな飾り立てるネオンの無い街の夜空には今までのどの年よりも綺麗に花火があがることでしょう。

 東京都文京区  慈眼院副住職 遠田憲弘氏 

平成23年7月の言葉 「 み教えは ころばぬ先の 道あかり 」
     The teachings of the Buddha light the way for us.

   『  今み仏の教え、先人の教訓を人生街道の灯に。  』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H23_No.532
   <写真は学校長揮毫の書>

 「おれは弱いっ!!」
 『ONE PIECE』という漫画の中で、私が最も共感し、心を打たれたセリフです。
 『ONE PIECE』とは、海賊王を夢見る少年モンキー・D・ルフィが仲間と共にひとつなぎの大秘宝≠目指す海洋冒険物語で、平成9年『週刊少年ジャンプ』で連載を開始以降、老若男女を問わず幅広い世代から支持され、今年2月にはNHKの情報番組「クローズアップ現代」でも特集が組まれるなど、その人気はもはや社会現象となっています。
 さて、冒頭のセリフは己の強さに絶対の自信を持ち、それまで数々の戦いを制してきたルフィが、海軍という強大な敵に捕えられた兄エースを救い出すことができず、目の前にいる大切な人の命さえ守れない自分の弱さにはじめて気づき、泣きながら空に向かって叫んだ言葉です。
 いかがですか? ルフィが口にしたセリフは、いわゆる少年漫画の主人公が口にするような正義感溢れる言葉ではありません。しかしながら、決して自分を飾ることなく、ありのままのおれを表現した人間味溢れる言葉だと思います。同時に、少年漫画の1コマではありますが、自尊心やプライドを捨て、わが身のいたらなさを見つめ直す好機となりました。
 法然上人は比叡山で真摯に仏教を学ばれ、周囲からは「智慧第一の法然房」と讃えられた尊いお方でした。ところが、どれほど多くの人に讃えられようとも、ご自身は「私のような者は、戒・定・慧の三学を修められる器量ではないっ!!」と謙虚な姿勢を崩されることはありませんでした。そして、阿弥陀さまの前では、みな弱い心をもった人間─凡夫─であると深く自覚し得たからこそ、そのような凡夫であっても救われるみ教えが必ずあると信じることができ、ついには善導大師のお導きによってお念仏のみ教え≠ノ出会うことができたのです。上人にとってはこのお念仏のみ教え≠アそ、まさに捜し求めたひとつなぎの大秘宝≠ナあり、阿弥陀さまの慈悲のみ光によって灯されたころばぬ先の道あかり≠ニなったのです。
 それから800年…。法然上人が説かれたお念仏のみ教えは、多くの人の道あかりとして灯り続け、今もなお迷える私たち一人ひとりの人生街道を照らしてくださっています。この有り難い道あかりを絶やさぬよう、日々のお念仏の一遍一遍を大事にしてゆきたいものですね。 
千葉県銚子市 浄国寺副住職 杉山裕俊氏

平成23年6月の言葉 「 敬い合う生活してますか 」
     Let us be bound together by ties of mutual respect.

   『  今の自分があるのも、多くの人の「おかげ」あってこそですね。』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H23_No.531
   <写真は学校長揮毫の書>

 お恥ずかしい話ですが、中学生のころ、私には長い反抗期がありました。当時は、全てが自分中心で、何でも自分一人の力で出来るという気になっていました。そんな私は、両親から何か言われるのを疎ましく思い、反抗し、自分でも原因の分からない怒りに戸惑っていたことをよく覚えています。
 高校を卒業し、大学に通うために東京での一人暮らしが始まりました。それまで当たり前のように準備されていた朝ご飯はもう出てきません。これまで当たり前だと思っていたことのほとんどが自分の力ではなく、両親をはじめ、自分を支えてくれている周りの人たちのサポートがあってのことだということを実感しました。そしてその時はじめて、自分一人の力で出来ると思い込んでいたことを反省し、同時に深い感謝の気持ちが生じました。
 法然上人に「智者のふるまいをせずしてただ一向に念仏すべし(決して智恵ある者のふりをせず、ただひたすらにお念仏をとなえなさい)」というお言葉があります。反抗期のころ、何でも自分一人で出来ると思っていた私は、まさに法然上人のおっしゃる「智者のふるまい」をしていたのです。
「智者のふるまい」をしているうちは、当然、人を敬う気持ちが生まれるはずがなく、その結果が親への反抗としてあらわれていました。いま振り返ってみると、私のために一生懸命働き、ご飯を作り、生活の全てを支えてくれていたのに、両親には申し訳ないことをしてしまったと思います。それでもそんな私をとがめることなく、見守ってくれていたのは、両親が私を一人の人間として認め、その行動を子どもの成長段階として慈しみ、しっかりと尊重してくれていたからだと思います。
 敬い合うという気持ちが大切だというのは、日常生活においてもちろん、誰もがご存じだと思います。しかしその当たり前のことである「敬い合う」という気持ちは、先ほどの法然上人のお言葉にあるように「智者のふるまいをしない」という、浄土宗の教えで根本となるとても大事な考え方から生まれるものなのです。
 普段は恥ずかしくて言えないことですが、今度帰省した時には、両親に尊敬と今までの感謝の意をこめて、「ありがとう」と声に出して伝えてみたいと思います。その上で、同じ極楽浄土に往生することを目指す仲間として一緒にお念仏をとなえ、これからもお互いを尊重し合っていこうと思います。 

青森市  阿弥陀寺副住職 長尾 隆寛氏

平成23年5月の言葉 「 ハキハキ返事 笑顔で行動  」
     Speak clearly and act assuredly,always with acordial smile.
   『  良好な関係が築けるか、和やかな雰囲気が作れるか、それはあなたのさわやかな返事と笑顔にかかっています。』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H22_No.530
   <写真は学校長揮毫の書>


 介護老人保健施設で働いていた時のこと。
就職したての時には、入所されている方々に対して、またそのご家族に対しての接し方、電話の対応を厳しく指導されました。どこの職場でもそうですね。もちろん大学などで専門的にも学ぶのですけれども、それぞれ施設のやり方があります。そして何より“笑顔”を忘れず、と言われました。そうして施設職員として働いていると、他の介護施設に行った時、また、様々なお店へ行った時、働いている人のことが気になってきませんか。そこで見る接遇の光景。つまり、そこの施設職員、お店の方の対応が気になってきます。
 特に、介護施設に来る方は、お店に入ってブラッとするのとは違い、多くは入所相談、在宅介護の相談をしたい、入所されている方のお世話や面会など、何か目的を持っています。まして、初めて来られる方は、かなりの決意を持って来ておられることは、話をしてみればわかりますし、逆の立場になって考えてみればわかることです。そうした方々が、恐る恐る来られた時に、笑顔で挨拶を返され、対応されると、そこでもう印象が違ってくるということは、想像に難くないと思います。
 こういうことは、すぐ周りに伝播するのだろうと思います。そのような対応をされて迎えられた施設は、誰もが「ハキハキ返事笑顔で行動」しているため、そこがとても明るく見えます。そして、半身麻痺であろうと、車椅子利用者であろうと、お元気に活動されている入所の方々を多く見かけるのは、偶然ではないと思うのです。逆に、そうでない施設は、入所の方々も職員も同じ無表情の顔をしていることが多かった…ということを思い出してしまいます。そこに、施設建物の新しい古いは関係ないのです。そこに居る人なのです。
 浄土宗のお経の一つ『無量寿経』には、「和顔」という言葉があります。字のごとく和らいだ笑顔のことで、そのように人に接することです。そうは言っても、人間、ハイっと素直に返事が出来ない時、顔では笑顔、心では涙という時もあります。たとえ自分がツライ時でも、ツライ時こそ笑顔で人に接した時に、人が笑顔になった体験を一度でもすると、笑顔の力を確信します。その時、きっとその場所は明るくなり、心安らぐ場所になっているはずなのです。
 ハイっと返事をするあなた、そして笑顔のステキなあなたになりませんか。
  長崎県大村市  長安寺 田中美喜氏
 

平成23年4月の言葉 「 お念仏の元祖 法然さま  」
     MRevere Honen Shonin : father of the nenbutsu.
   『  4月。総・大本山では法然上人の800年大遠忌(御忌)法要が盛大に営まれます。ぜひ。参詣致しましょう。』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H23_No.529
   <写真は学校長揮毫の書>


 昨年8月にサッカー日本代表監督に就任したイダリア人監督アルベルト・ザッケローニは、日本代表を率いる初めてのイタリア人指揮官であります。今年1月開催されたアジアカップ終了後、唯一出番のなかったあるフィールドプレーヤーに次のような言葉をかけました。「オレはちゃんと見ている。頑張っているところも、たとえさぼっていたとしても、サッカーもプライベートも、すべて見ているから。だから、自分を信じてやれ。そして、『おまえを今回選んだのもオレだ』と」。この選手は、大会中持ち前の明るさでチームのまとめ役となっていたそうですが、実際は自分だけが試合に出場できなかったわけですから心中穏やかではなかったことでしょう。ところが、指揮官から最後にかけてもらった言葉により、プライドを捨て自分自身を信じてチームのために頑張ってよかったという貴重な経験を手に入れることができたと振り返っています。
 お念仏の元祖法然上人は、『選択本願念仏集』のなかで、「一つのものを選び取ることは、ほかのものを捨て去ることである」と仰っています。端的で実に奥の深い言葉であります。仏教のあらゆる教えのなかから“南無阿弥陀仏”というたった6文字を選び取り、そのほかのいっさいを捨て去り、“南無阿弥陀仏”(阿弥陀様、どうぞすべてをお任せいたしますのでどうかお救いください)という意味が込められているお念仏の教えの道を信じて疑うことなくまい進されたのです。何かを選び、何かを捨てるという覚悟は、自分自身を信じきらなくては到底できません。法然上人もある選手も自分自身を信じきるくらいの覚悟を持てたからこそ、何物にも代え難い教えや経験と巡りあえたのです。
 法然上人が、自分自身を信じ選び取り、生涯をかけてお示しくださった南無阿弥陀仏の「お念仏の教え」は、いつでも・どこでも・だれでもおとなえすることができますので、これからも法然上人がお示しくださった「お念仏の教え」を心のよりどころとし、お念仏をとなえていただきたいと思います。
 今年は、お念仏の元祖法然上人の八百年大遠忌のご祥当です。法要は7月、神奈川県鎌倉市の大本山光明寺を皮切りとして、各総・大本山で盛大に営まれます。この絶好の機会を逃すことなく参詣し、共々にお念仏をおとなえいたしましょう。
 静岡県御殿場市 龍宝寺所属  米津亮信氏

平成23年3月の言葉 「 感心 感動 感謝  」
     Marvel at the world, and appreciate everything.
   『  』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H22_No.528
   <写真は学校長揮毫の書>

 私は、平成7年12月8日(釈尊成道の日)に、地元の図書館で、未発見であった法然上人の遺文集『拾遺漢語灯録』の書写本(大徳寺本『拾遺漢語灯録』)に値遇しました。当時大学院に在学中の法然学徒であった私にとって、まさに冥利に尽きる、至福の体験でした。
この『大徳寺本』について調べてみると、信じられないような不思議な事実がわかりました。まず驚いたことは、『大徳寺本』を書写された安土浄厳院十四世の興誉恩哲上人が、私が住職を務める浄福寺とご縁のある御方だったのです。何気なく過去帳を開いてみたところ、恩哲上人直筆の御名号が目に飛び込んできて思わず息を呑みました。
 さらに驚いたことには、『漢語灯録』本編十巻を書写された真宗大谷派の恵空上人が、奥書に「残念ながら『拾遺』一巻が欠けているので、どうか後進の学者が捜し出して完全な『漢語灯録』を復元してほしい」と記されているのですが、私が『大徳寺本』と出合い、恵空上人のご悲願にお応えすることができた12月8日が、何と恵空上人のご命日だったのです。
 この恩哲・恵空両上人との奇しきご縁を知った瞬間、「私と『大徳寺本』との出合いは単なる偶然ではなく、宿縁であり必然だったのだ。私は『大徳寺本』と出合うために生まれてきたのだ」と確信し、全身が震える程の感動を覚えました。そして、『大徳寺本』との出合いを仏縁・仏恩のお陰と心から感謝しました。
 実は当時、私は晋山(住職就任)を間近に控える身で、不安と緊張で一杯だったのですが、『大徳寺本』と出合えたことで、恩哲・恵空そして法然上人から「お前は住職になるべくしてなるのだ。お前なりに精一杯努めれば良いのだよ」と激励いただいたような気がし、心が随分軽くなりました。そして、20代の若さで住職を拝命することを、厳しい試練でなく、仏縁・仏恩の賜物と領解させていただき、喜びと感謝の想いを胸に晋山式に臨むことができました。
 この私にとって宗教的原体験とも言うべき感動体験を最近ふと懐かしく思い起こすと同時に、「私達が今度法然上人八百年大遠忌法要という50年に一度の大法要に随喜させていただけるのも、同じ仏縁のお陰なのだ」と気付かされ、仏縁の不可思議さに改めて深く「感心・感動・感謝」した次第です。この大遠忌を機縁としてより多くの方々と「感心・感動・感謝」を共に分ち合えますようにと祈念しております。

 滋賀県甲賀市  浄福寺住職 曽田俊弘氏

平成23年2月の言葉 「 世はみな 無常なり  」
     Everything is impermanent.
   物も、人の心も、すべて時とともに移ろい変わる。
            そう思えたら、苦しみや悲しみも、ちょっぴり楽になるはずです 』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H22_No.527
   <写真は学校長揮毫の書>

お正月にご自身やご家族の幸せを願った人も多いことでしょう。誰しも苦しみの少ない幸せな生活を切望するものですが、幸せを手にしても、様々な苦しみが付きまといます。欲しても叶わないものもあれば、変わって欲しくないものが変化していってしまう。それが諸行無常〜世はみな無常なり〜ということです。
 しかし、諸行無常を頭で理解しても、真に受け止めることは凡夫の私たちには出来ないことです。殊に大切な人ともいつかは別れなければならない事実は、理屈を超えて私たちの胸を引き裂く大きな痛みを伴う苦しみであり、受け入れがたい現実です。なぜなら、死別体験は、これまでの人生を一変させ、生きている世界の艶やかな色合いを奪ってしまうほどの出来事だからです。最愛のお子さんを亡くされたある方は、「私の人生は一度死にました」と語られ、友人と付き合うことも趣味を続けることも手放されました。
 そんな大切な人を亡くした悲しみを、私たちは時間をかけて悲しみ抜き、痛みを癒してゆく作業をしていきます。やがてその悲しみはすべてが癒えるのではなく、大切な人を亡くした痛みを抱えながらも、なんとか新たな人生を生きていく自分を回復させていきます。
 ですが、悲しみの真っ直中にある時、この悲しみが癒えていくことなど想像も出来ず、「いつまで悲しみ続ければいいのだ」と声にならない声で叫びたくなります。でも、その悲しみさえも常ではありません。どれだけ苦しくとも、同じ苦しみが永遠に続くことはありません。そして何よりも、お念仏で繋がる私たちには、お浄土での再会が待っています。別れもまた常では無いのが、法然上人が示してくださった念仏の教えなのです。
 無常の世を生きている私たちには、避けられない苦しみが確かにあります。だからこそ、私たちは一人では生きていけない存在でもあるのです。僧侶は、葬儀や中陰、年忌法要などの儀礼を司るのが役割ですが、同時に苦しみのなかにある檀信徒の同行者となって寄り添っていく存在でもあります。近年、死別の悲嘆をケアするグリーフケアが注目されてきていますが、僧侶こそが古来、檀信徒の悲嘆を法要を通してケアしてきたのだといわれています。不可避な苦しみを知り、その痛みの語りに耳を傾け、そしてお念仏を通して救われていく生き方を共に実践していけることを切に願います。 
     大阪市住吉区  願生寺副住職  大河内大博氏

平成23年1月の言葉 「 ただ一向に念佛すべ  」
     "Chant the nenbutsu with firm concentration"
               『  』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H22_No.526
   <写真は学校長揮毫の書>


 今月の言葉、「ただ一向に念佛すべし」は、法然上人がご入滅の二日前に遺されたご遺訓「一枚起請文」からのお言葉です。どなたにも、馴染み深いものではないかと思います。
 「ただひたすら念仏をとなえなさい」。このように法然上人はおっしゃいました。阿弥陀さまのみ光は皆に降り注がれており、お念仏をおとなえすることによって、私たちは今あるこのままの姿で救われていきます。
 自坊で少し法話をする機会があって、お檀家の方にこのお話をお伝えしたところ、一番前の席で、うんうん、とうなずきながら熱心に耳を傾けてくれるおばあちゃんがいました。この方は定年まで教職に就かれ、今でもその頃の教え子たちを集めて、料理や手芸を教えたり、ボランティア活動に積極的に参加される、活動的な女性です。この“先生”が、最近よくお寺にお参りされるようになったこと、私自身うれしく思っておりました。
 お話をした数日後、何名かお寺に集まって、先生から手芸などを習う機会が設けられました。皆さん学生に戻ったような気分で、先生に注意点を聞きながら作業を進めていきます。ちょっと一休み、お菓子を用意して、お茶の時間となりました。
 さあ頂こう、と皆が手を合わせたところ、先生から「光順さん、お十念をしてから頂きましょう」と声をかけられました。
 私が数日前にお伝えした、「ただ一向に念仏すべし」のお言葉が、先生の心に強く残っていたそうで、お家に帰られても折に触れて思い出し、お念仏をおとなえされていたそうです。
 私たちの毎日は、でき得る努力をしていても、自分の思い通りにはならないことばかりです。年を重ねるにつれ、私もそのことが少しずつ分かるようになってまいりましたが、長年生徒を指導する立場として様々な経験をなさってきた先生にとっては、日々身にしみてお感じになっていたことなのかもしれません。その先生の心に、法然上人のお言葉が触れ、阿弥陀さまのみ光が自分にも及んでいることに先生はお気付きになりました。法然上人のお言葉は、先生をお念仏へと導いてくださいました。
 阿弥陀さまのお救いの手は私たちに差し伸べられております。日々お念仏をおとなえし、差し伸べられた阿弥陀さまの手にこの身を委ね、お念仏の生活を歩んでいきたいものです。
   大分県杵築市  「長昌寺」副住職 今井光順氏

平成22年12月の言葉 「 喜びに悲しみに お念仏  」
     "AWhether the day brings joy or sadnwss,
  ife is bwtter when we chant the nenbutu."
               『 悲喜こもごもをお念仏の声に乗せて----今年もありがとうございました。来年もよろしくお願いします。 』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H22_No.525
   <写真は学校長揮毫の書>

 今年も残すところあとわずかとなりましたが、みなさんにとって今年はどのような1年でしたでしょうか。日本全国から「暑かった」という言葉が何よりも先に聞こえてきそうです。年末の慌ただしい時期ですが、個々人で1年を振り返るのは大切なことです。
 大晦日の夜には、全国数々のお寺で除夜の鐘がつかれます。みなさんもご存知の通り、除夜の鐘は、梵鐘をつき、その音を聞きながらこの1年に犯した自らの罪を悔い改め、心にある煩悩を除き、身も心も清らかに新年を迎えるための行事です。
 大きな鐘のあるお寺で行われることが多いですが、私共の寺では北見の地にお寺を構えた大正初期から、別時念仏をしながら、小さな半鐘を108回打って除夜の鐘を勤めております。昭和50年代後半生まれの私は経緯は分かりませんが、当時「やろう!」と発願したお檀家さんの志を継ぐ数人が今でも毎年欠かすことなくお参りされています。そのなかのおひとりは、昨年、網走に引っ越され、寺のある北見までは車で1時間ほどかかるようになりましたが、真冬の道の悪いなかでもお参りにいらっしゃいます。その方々が木魚をうちながら、その1年を思いつつお念仏をおとなえするその姿には、大きなちからを感じます。
 増上寺82世椎尾弁匡台下は、「時はいま ところあしもと そのことに うちこむいのち とはのみ命」と詠まれました。お念仏をおとなえするのはただ今のわたくしです。そのわたくしは今、幸せのなかで爆発するほどの喜びを懐いているかもしれませんし、悲しさのなかで大きな苦しみを懐いているかもしれません。刻々と変化する心のなかで、その時そのことに全力投球することこそ大切なことなのです。
 法然上人は「お念仏は妄念が起こるときにとなえても穢れることはなく、言葉を交えたからといって紛れてしまうなどということもないのですが、そのようなことがないように心得るのはよいこと」とおっしゃっております。移りゆく心のなかでも、阿弥陀さまのみ光に照らされる私共は、お念仏のなかに実直に暮らしていきたいものです。
 来年は法然上人800年大遠忌の正当の年です。法然上人ご在世の当時とお念仏の声にかわりはありません。「今年もありがとうございました」「来年もよろしくお願いいたします」など、悲喜こもごもをお念仏の声に乗せ、お念仏のなかに新年をお迎えしましょう。 
  北海道北見市明照寺所属 加藤芳樹氏

平成22年11月の言葉 「 優しい眼差しにやすらぎを得る  」
     "A kind look can do more than words to touch the heart of another."
               『 無言の笑みが、百の言葉に勝ることもあります。目は口ほどに、物を言うんです。 』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H22_No.524
   <写真は学校長揮毫の書>


  昨年、私は浄土宗僧侶の仲間と共に、「ひとさじの会」を設立しました。僧侶だけでなく檀信徒やボランティアの方と共に貧困問題に取り組む会です。主な活動として、浅草地域一体で路上生活をされている方に炊き出しを行っています。
 路上生活をされている方は社会から謂われもない偏見の眼差しを向けられることが多々あります。大勢の人々が行き交う大都会で、自分がさも透明人間にでもなったかのように人が人を人として認めていない無関心という眼差しを向けられることもあるといいます。
 当会の炊き出しでは自分たちがにぎった1合サイズのおにぎりを歩いて配っているのですが、その際に皆で気を付けていることの一つに目線があります。私たちが訪ねて行く時間が20時以降という遅い時間のため、訪ねていった際に座るか寝ている状態の方が多くいらっしゃいます。おにぎりをお渡しする際には立ったままでなく膝を折って出来る限り同じ高さの目線でお渡しできるように心がけています。
 炊き出しを始めてなんとか1年が経ちました。訪ねて行くと「おっ!ひとさじかぁ」と憶えてもらえるようにもなりました。初めてそう言ってもらえた時は本当に嬉しかったです。しかし私たちにはまだまだ足りないところが多く、炊き出しを終えて自分たちの力無さを感じたり、後悔したり、反省したりしながら家路に着くことがあります。そんな時には、共に励まし合い活動する仲間がいることの有り難さを実感すると共に、私には常に思い出す人がいます。貧困問題に長年取り組むNPO法人もやい代表の稲葉剛さんです。清潔感があり、知的かつ温和な印象ですが、人の為を思い考えて行動されている強い心をちょっとした言葉遣いや仕草から感じます。稲葉さんが訪ねて行き、声をかけると、路上で待っている方々は安心した表情をされます。苦しみを抱えた人のことを思う強い気持ちが相手に伝わり、それが互いに眼差しに見て取れるようなつながり。私にとってその姿は理想像であり、貧困問題に関わり続けて行く原動力でもあります。
 「ひとさじの会」は法然上人のみ教えに準じて活動しています。阿弥陀さまのやさしい眼差しに常に見守られながらなんとか生かされている私たち。当会はおにぎりをお配りすると共に、微力ながら一瞬でもやすらぎを感じて頂ければと思い、これからも活動を続けていこうと思います。 

 東京都江東区 正覺院所属 原 尚午氏

平成22年10月の言葉 「 いくつになっても 学ぶことはある  」
     "No matter how far on in our years we may get,
  Life always has something more to teach us."
               『 「これで完全!」がないのが、にんげんのいいところなのかもしれません。学ぶ意欲は、若さの秘訣、とも。 』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H22_No.523
   <写真は学校長揮毫の書>

 私たちは、本や参考書を調べて知識を得たり、トレーニングをして身体を鍛えるなど、1人でも何かしら学ぶことは出来ます。しかし、自分の周りにいる人とのつながりから学ぶこと(もしくは、与えられること)の方がより深く、多岐にわたっているのではないでしょうか。そのためには、人から学ばせていただくという謙虚な心が大事です。
 法然上人は、御法語の中で「?慢の心」を持ってはいけないと説かれています。いかにお念仏を一生懸命となえていても、自分は他の人よりも優れている、と思いながら念仏をしてしまっていたならば、それではせっかくのありがたいお念仏でも阿弥陀さまの本願にそむくことになり、往生をさまたげるとお示しになられています。
 また、普段の生活の中でも、仕事の実績や年齢などでプライドが邪魔をして、素直に人から教わることが出来なくなってしまったら、自分自身の成長する機会をも逃してしまいます。
 私は、今年のはじめまで海外開教使として、浄土宗南米開教区・ブラジルにあるマリンガ日伯寺に勤めさせていただきました。お寺の法務や、日伯寺に併設されている老人ホームの職務などで、未熟ながらも人前でお話をする機会をたくさん与えていただきました。そのお話をさせていただいた方々は、主に100年前、移民としてブラジルに渡り、言葉、習慣、気候が違った厳しい環境の中、生き抜いてこられた方々の子孫です。その中には大きな事業に関わっている方や、治安が悪く強盗に何回も家に入られた方、仕事が無く苦労されている方など、ブラジルの土地に根ざした人生経験豊富な方々がたくさんおられました。しかし、その誰もが謙虚に「人から学ぶ」という姿勢を持ち、日本から来た経験の浅い、私のつたない日本語での話や、聞き取りにくいポルトガル語の話を真剣に受け入れ聞いてくださいました。日本人が多民族国家ブラジルの社会の中で、移民100年を超えて信用されてきた要因の一つは、この素直さであり勤勉さでした。
 法然上人は、智慧第一の法然房とよばれるほど勉学に励まれた方です。しかし、それに慢心することなくお念仏と共に常に「聖経をひもとかぬ日はなし」と、一生涯その学びの道を貫かれました。
 私たちも、法然上人にならい「?慢の心」をつとめて排し、日々お念仏し、仏に学び、師に学び、人に学んでいきたいものです。 
長崎県川棚町・法源寺所属 松野瑞光氏

平成22年9月の言葉 「 支えあい励ましあい  」
     "We cannotlive alone, so we should delight
  in our mutual coexistence."
               『 人はひとりでは生きていけません。「共に生きる」ことのすばらしさをかみしめましょう 』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H22_No.522
   <写真は学校長揮毫の書>

9月のことば
「支えあい励ましあい」
 美しい相模湾を望むことのできる海福寺では、4年前の夏から5日間ですが、朝の勤行にラジオ体操を合わせた「ラジオ体操と朝のお勤め」と題した行事を始めました。朝の5時から勤行、引き続き法話、6時半から朝日に輝く海を背に境内で体操という次第です。 早朝にも関わらず、毎年、お年寄りから小さなお子さんまで、多くの方が参加して下さいます。「おはようございます」の挨拶から始まり、「また明日!」と元気に声を掛け合って帰って行かれる、その後ろ姿を拝見していますと、大勢の方々と迎える朝は、私にとっても清々しいものに思えました。
 今年の夏は記録的な猛暑と雨にも見舞われました。それでも最終日には「続けることができてよかった」と喜び合えるほど充実した5日間でした。
 一人で何かを続けることは容易なことではありません。ラジオ体操にしても、毎朝一人で続けることはむずかしく、ついおろそかにしてしまうこともあるでしょう。元祖法然上人は、「一人でお念仏を申すことができないのであれば、仲間と共に行いましょう」とお示しくださいました。一人ではできないことも、誰かと共にあれば互いに励まし合い、支え合っていけるといういうことです。
 先日、写真の整理をしていましたら、4年前に写したラジオ体操の写真が出てきました。そこには旦那さまを亡くされた後、長年一人暮らしをなさっていた80代半ばのお檀家さんの姿がありました。小さい身体を精一杯使って体操をされているお姿と、皆さんと共に阿弥陀さまに向かって手を合わせるお姿とが 見られます。最終日には「来年も楽しみにしていますね」とおっしゃっていただきましたが、残念なことにその年の秋、極楽浄土に旅立たれました。ラジオ体操が始まる頃になると、その方のことが懐かしく思い出されます。
 阿弥陀さまは南無阿弥陀仏と申し続けた人々を「必ず西方浄土へ救いますよ」と約束しておられます。いつ命尽きるか分からない私たちだからこそ、日々のお念仏が最も大切になるのです。「ラジオ体操と朝のお勤め」の行事も回を重ねる毎に参加の方も増え、同称十念の声もますます大きくなってきました。
 お念仏の声を絶やさぬよう共に支え合い、励まし合ってまいりましょう。
   静岡県熱海市・海福寺副住職 瀧沢行彦氏

平成22年8月の言葉 「 亡き人から案じられている   」
     "Although we may not notice,
  those who have already passed from this world are always watching over us from the Pure Land."
               『 ご先祖様は極楽浄土からいつもあなたを見守っています。ただ、なかなか気付きにくいだけなのです。 』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H22_No.521
   <写真は学校長揮毫の書>


平成22年7月の言葉 「 自分を飾らないで   」
     "Each one of us is inherently perfect.
  There is no reason to try to be more than we already are."
               『 背伸びをしているあなたより、そのままのあなたが魅力的です。 』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H22_No.520
   <写真は学校長揮毫の書>

 突然ですが、皆さんは上司・友人・恋人など、誰かの前で”出来る自分(仕事やスポーツなど)”を見せようとして、失敗してしまった経験はありませんか?
 これは、私が大学4年の時の話です。卒業を1年後に控え、卒業論文を作成することになりました。初めのうちは「4年間の集大成としていい論文を残したい」と思いながら取り組んでいました。しかし、友人や後輩からの誘いにのって気を緩めているうちに、いつしか当初の思いはどこかへ消え去り、卒業論文に向かう姿勢も日に日に悪くなっていきました。誰も見ていない時は怠けていましたが、いざ先生に指導してもらう時だけは、自分を認めて欲しいが為に”真面目な自分”を演じ、いつも上辺だけ取り繕った課題を提出してごまかしていました。それを繰り返しているうちに、私はいつの間にか本当の自分を見失い、何ができて何ができないのか、次に何をすればいいのかさえも分からないような状態に陥ってしまいました。結果的に先生に認めてほしいが為にとった行動は逆に信頼を失う裏切り行為となり、完成した卒論も目指していたそれとは大きくかけ離れたものになってしまいました。今になって当時のことを思い返すと、先生に対してなぜごまかさずにありのままの自分をさらけ出し「分かりません、教えて下さい」と素直に言えなかったのかと、後悔の思いで一杯です。
 多くの人は、誰かに評価されたり認められたいと思うと、ついつい自分を飾り、いいように装ってしまうものです。果たしてその姿を本当の自分だと言う事ができるでしょうか?
 阿弥陀さまは「お念仏をとなえるすべての衆生を極楽浄土に救いとる」とお誓いになられており、誰であってもお念仏をとなえれば必ず往生は叶います。しかし、外面は念仏をとなえ努力しているように振る舞っていても、内心では「面倒だ」と裏腹な気持ちでは、阿弥陀さまの御心に背く事になるでしょう。極楽往生を願う上で重要な事は、自分が救われようのない凡夫である事自覚し、心から「阿弥陀さま、私を救って下さい」と思い、お念仏ができるか否かにかかっているのです。つまり、飾ることのない、ありのままの自分で阿弥陀さまに向き合えるかどうかという事です。
 皆さん、胸に手を当てて考えてみて下さい。あなたは今、自分を飾る事なく”ありのまま”の姿で暮らせていますか?
  岩手県盛岡市 吉祥寺副住職  武田法應氏

平成22年6月の言葉 「 雲上には青空   」
     "Even in the hard times, never forget that the sky behind the clouds is a brilliant blue."
               『 青空がない、太陽がないのではありません。ちょっと雲が広がっているだけ。晴れない雲などないですよ。 』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H22_No.519
   <写真は学校長揮毫の書>


 7年前、進学のため札幌から上京して迎えた6月、札幌では経験したことのない「梅雨」に驚きました。洗濯物は乾かないし湿気がひどく過ごしづらい、生まれて初めてエアコンの除湿機能の有り難さを知りました。お日様にも雨にもそれぞれ恵みがあるといいますが、連日のように雨が降ると外出もおっくうになり、何よりも気持ちが憂鬱になっていきます。 そんな東京の梅雨に慣れてきたある日、所用で札幌に帰らなくていけなくなりました。羽田発の飛行機、窓の外は雨でした。飛行機が飛び立ってしばらくすると今までの曇り空が嘘のように窓から光が射してきました。何のことはない雲の上には太陽がいつも通り照っていたのです。まさに「雲の上には青空」でした。久しぶりに見た太陽、しばらくその存在すら忘れていました。そしてそのあまりの眩しさに不思議と阿弥陀さまを思いました。雨が降っているからといって太陽がないわけではありません。それと同じように、いやそれ以上に阿弥陀さまは、雨が降っていようが晴れていようが常に私たちの事を一人も漏らすことなく照らし続けて下さっているのです。そして私たちはあたかも雲に覆われている太陽に目がいかないように、常に照らして下さっている阿弥陀さまのお慈悲になかなか気づけないだけなのです。
 私たちの心は天気と同じで、いつも晴れている訳ではありません。雨の日もあれば曇りの日もあるでしょう。一度信じたら一生揺るぎない信仰というのはなかなか難しい、だからこそ常に「南無阿弥陀仏」と阿弥陀さまのお名前をお呼びし、心にとどめるのではないでしょうか。阿弥陀あさまは、心が定まらない私たちの代わりに想像もつかない程の永い間修行を積まれ、仏さまとなって常に一人も漏らさずに我々のことを深いお慈悲の心を持って「我がなをとなえよ」と仰せられているのです。
 私たちが生きるこの世界は永久に晴れることがないような問題が山積みとなっています。しかしそんな分厚い雲で覆われた世界にも阿弥陀さまのお慈悲は全ての人に注がれているのです。その阿弥陀さまの深いお慈悲を少しでも感じたならば、自ずと「南無阿弥陀仏」とおとなえせずにはいられないのではないでしょうか。そして臨終の際に阿弥陀さまに導いていただく世界は、雲の上の青空をはるかに超えた「梅雨」のない最高の世界であることは言うまでもありません。
  札幌市 龍雲寺所属 丸山孝立氏

平成22年5月の言葉 「 決断 行動 継続  」
     "Once you decide to do something,act on it and then stick to it."
               『 決めたこと、していたこと、ちゃんと続いていますか?このあたりで一度、要チェック。 』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H21_No.518
   <写真は学校長揮毫の書>


今月の言葉 先日、カタールの首都ドーハで行われたワシントン条約締約国際会議で、マグロが一躍脚光を浴びました。マグロは口を開けて泳ぎ、えらを通過する自ら酸素を取り入れて呼吸します。そのため、泳ぐことをやめると窒息してしまいます。マグロは一生の間、ひと時も休むことなく高速で泳ぎ続けなければならないのです。呼吸のことを考えますと、人間も同じです。動物はみな、呼吸し続け、血液が循環し続けることによって生きています。また、時が刻まれ続ける中を生き、先祖が命を繋ぎ続けることで今日に至っています。「続けること」これは、私たちの生活の中で大変重要なことなのです。
 私が高校生のころです。当時、私の祖父は九十三歳という高齢のせいもあり、阿弥陀さまのご来迎が迫ってきたのでしょうか、日に日に老衰していく様子でした。ある日、私が見舞いに行ったときのことでした。祖父は目もよく見えていない様子で、私の顔を両手で撫で、か細い声で私に声をかけました。いつもの津軽訛りで、「何でも続けへ(続けなさい)」と。私に最後の言葉を残して、極楽へと旅立ちました。今も胸に刻まれている言葉です。約一世紀もの間、お念仏の教えとともに激動の時代を歩んできた祖父の非常に重いひと言でした。続けたことで何かの成果を手にしたこと。残念ながら続けられなかったこと。続けたくてもなかなか出来ないこと。「決断・行動・継続」の経験が増えれば増えるほど、私の中でより大きな響きとなって、あの時の祖父の声が蘇ります。
 お念仏は「南無阿弥陀仏」ととなえることだけで実践できる易しい行です。法然上人は「お念仏を生涯続けることは大切なことです」とおっしゃっています。しかし慌ただしい現代においては、どうしてもお念仏をとなえられない日もあるかと思います。上人は「何か支障があって、日課念仏を欠かしてしまった時に、ああ、『お念仏をとなえなかった』と思うようであれば、それはすでにお念仏のことを心がけているので相続といえるでしょう」と示してくれています。また「その日出来なかった分のお念仏を次の日やろうというようなことがありましょうか、明日やればいいだろうとはじめから気を許すのはよくないことです」ともおっしゃっています。
 決めたこと、していたこと、ちゃんと続いていますか?このあたりで一度、チェックしてみてはいかがでしょうか。
  青森県弘前市 西光寺副住職 工藤大樹氏

平成22年 4月の言葉 「 花それぞれに光りあり  」
        "We shine brightest when we libe true to ourselves. ”
               『 それぞれが、それぞれの色を存分に。きっとそれが、一番の美しさ 』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H21_No.517
   <写真は学校長揮毫の書>


 先日、幼稚園以来の同級生から突然一通のメールが届きました。そのメールの内容はコンサートの案内でした。内容を読んでみると、同級生の一人が故郷で初めてヴァイオリンリサイタルをするので是非いらしてくださいというものでした。幼稚園、小学校、中学校を共に学び遊んだ友人たちが今様々な仕事に就き頑張っているのだと思いました。友人たちは自分の人生を光り輝かせるために頑張っているのだと感じました。一人として同じ人間はいないとよく聞きますが、その通りであるなと改めて考えました。
 春は、穏やかな気候に恵まれて、様々な草木がそれぞれの花をつけて、私たちの眼を楽しませてくれます。
 先日、お寺の境内の掃除をしている時に目の前を桜の花びらが散っていきました。ふと子どもの頃のことを思い出しました・私の家に大きな桜の木がありました。本当に大きく、子どもの頃よくその桜に登って遊んでいました。春になると、満開に花を咲かせ私の眼を楽しませてくれました。幼少の頃の思い出がたくさんつまった桜の木も、今は残念ながら枯れてしまい、猛その木は無くなってしまいました。
 そこで思うのが、どんなに桜と同じように私たちの人生が輝いてはいても、この世で生きている限り永遠にこの場所にとどまることは出来ないということです。この世は常に移り変わる事を自覚し、今をしっかりと生きる事が大切なのです。
 私たちはそれぞれが様々な状況で日々を輝かせるために生活を措定ます。自分の興味のあることに追われた忙しい日々の中で、難しい仏道修行をすることは困難かもしれません。しかし、法然上人がお説きになった「お念仏」は、男性も女性も、智慧ある者もなき者も、歩いていても止まっていても、座っていても横になっていても、そうしたことに制約などされません。また、時や場所、様々な状況に左右されることなく、となえれば往生の功徳が得られ、どんな人でもお念仏により阿弥陀さまのお救いのお力で極楽に往生させていただけるのです。
 上人は、世間の営みに追われて忙しい毎日だからこそ、お念仏をとなえるべきなのですと言われています。
 4月は仕事や学校など様々なことが事が新しく始まる月、今後を輝かせる月です。ご一緒にお念仏の中で生活が出来るよう精進してまいりましょう。
  大分市賀来町  龍音寺所属  高橋昌彦氏

 平成22年 3月の言葉 「 心からの言葉は心にとどく  」
"It's not beautiful words,but the sincerity of the heart that has the power to touch others."
               『 美辞麗句より、人の心を動かすのは、やっぱり誠心誠意です。 』
   浄土宗新聞(Honen Buddhism) H21_No.516 <写真は学校長揮毫の書>


  草木が芽吹く月、3月弥生。心なしか桃の花も微笑みかけながら雛祭りを祝っているような気がいたします。
 思い起こせばまだ私が高校生であったころ、通っていた高校では浄土宗系列の学校ということもあり「増上寺研修」という行事がありました。
 研修の流れとしては、写経会・講義・別時念仏会などがあり、普段の高校生活とは違う貴重な体験をさせていただき、最後の御導師からのお言葉を見の引き締まる思いで拝聴いたしました。
 御導師は「皆さんの体の中で一番大切な部分はどこでしょうか?」と問いかけられました。人と出会った時、最初に見る顔なのか、人と触れ合う手なのか、それとも私たちを生かしてくれる心臓なのか、という様々な質問に対し、私は素直に心臓だと思いました。すると、御導師から意外なお答えが返ってきました。「お顔も大事です。手も大事です。心臓や足、どの部分も大事だけれども、私が一番大事だと思うのは足の裏なんだよ」と温かい言葉で諭すようにお話くださり、最後の「どうぞ、足の裏を優しく洗ってあげてくださいね」とのお言葉が今でも深く私の心に残っております。
 日々の生活を当たり前のように過ごしている私たちですが、重たい身体を支えて文句を言わずにどこへでも連れて行ってくれる「足の裏」は、一番汚れている部分と思われがちです。しかし、実は一番尊い部分であるとのお話をうかがったとき、私の心に深く響きました。何よりも、このお話をされていた時の御導師のお顔がとても穏やかで仏さまのような笑顔であったのが印象的でした。
 そして私は家に帰るや否や「足の裏」を感謝の気持ちを込めて丁寧に洗ったのです。翌月、友人たちに尋ねたところ、やはり皆が足の裏を洗ったとの事でした。
 今思えばこの時の友人たちも私と同じように「足の裏」のお話をされた御導師の言葉が心に届いたからこそ実践したのではないでしょうか。
 宗祖法然上人が、
「真実心とはうわべばかりを取り繕って飾りたてたりなどしない、裏も表も無く自らの行いと合致した心です」
と述べていらっしゃるように、人の心を動かすのは、やはりその人なりの誠実さがあってこそ初めて伝わるものではないでしょうか。
 そして、日々お念仏も真実心をもっておとなえすれば、必ず私たちの言葉は阿弥陀さまのもとへ届くのです。
   神奈川県横浜市  光長寺住職 後藤佳孝氏

平成22年 2月の言葉 「 降る雪がいつか恵みの水となる  」
  "Even the most trying of life's lessons help us to learn and grow."
            浄土宗新聞(Honen Buddhism)
   『 辛いこと、苦しいことも、必ず自分を育む養分になるものです。 』
  H21_No.515 <写真は学校長揮毫の書>


 今年も雪が降りました。私の自坊があるここ横手は、秋田県南部に位置し、夏は30度を越え、冬は雪が多く降る豪雪地帯です。
 寒さが厳しくなり初雪が降ると、子供は大いにはしゃぎますが、大人は顔色が良くありません。降り始めてから、雪が完全に解けるまでは約3ヶ月の辛抱だからです。その間、多い朝は朝昼晩と雪かきに時間を費やされるのです。
 しかし最近は、暖冬の影響で降雪量も減っています。何年か前のこと、学生時代、東京から故郷で正月を過ごすため帰省した私を出迎えたのは、全く雪のない光景でした。それはなんとも物足りない、残念な年越しでありました。
 現在私は寺の仕事とともに、併設する保育園の副理事長として、保育の現場にもおりますが、暖冬の影響は、子供たちにも及んでいるようです。
 私の幼少期には、冬場の体育として当たり前であったスキー授業を行うところも、今は少ないようです。
 少子化の影響も考えられ、子供たちがする遊びも大勢でするものより、一人で行えるテレビゲームなどを楽しむ傾向があり、雪を見ても喜ばない子供が増えているのではないかと思えます。
 雪を楽しむという子供の純粋性が欠けていっているのかもしれません。
 ただあり難いことに、この横手には「かまくら」という子供たちが冬を楽しむ小正月の行事があります。雪で作った祠に、水不足解消を祈願する水神様を祀り、中では子供たちが甘酒や焼いた餅を振舞います。ここでお客さんをもてなしながら、子ども自身も冬を楽しむ気持ちを養い、風雪に耐えることを学ぶのです。
 また、子供たちは夢を語れなくなったとも耳にします。考えてみると、夢を描くことができるから、そのための苦労も耐えられ、たとえそれがかなわぬ夢であっても、あの時の苦労が今の自分を作ったと、栄養に変えることができます。辛いことを経験するお陰で、人は優しく寛容になれるのです。水神様を守る「かまくら」に育てられた母は、長い冬のお陰で、春の有り難味を感じると話していました。
 私たちが生きる娑婆世界も、耐えることが多いかもしれません。しかし、全幅の信頼をよせることができる阿弥陀さまが見守って下さるから、苦労も耐えられ、辛い分だけ阿弥陀さまに対するあり難さや、お念仏の信仰も輝きを増すのでしょう。
  秋田県横手市 九品寺所属  津村侑弥氏

平成22年 1月の言葉 「 しっかり大地を踏みしめて  」
  "Keep your on the ground and don't be afraid to embark on        the path that7s best for you."
            浄土宗新聞(Honen Buddhism)
   『 さあ、新年スタートです。あせらず、じっくり行きましょう。 』
  H21_No.514 <写真は学校長揮毫の書>


 大リーグ・シアトルマリナーズのイチロー選手は昨年、9年連続200本安打を達成するという偉業を成し遂げました。毎年次々と記録を打ち立てていく彼の凄さには、今さらながら驚かせられますが、その記録を打ち立てる才能とはいったいどこから来たのでしょうか。
 イチロー選手は毎日同じ時間に食事をし、家を出て、同じ時間に球場に入り、トレーニングをしてから試合に臨みます。日々の生活をパターン化することによって、自分自身にしか感じ取れないコンディションのわずかな変化に気づくことができるそうです。自分の不調をより早く自覚することにより、次の試合までに調整が可能となり、その結果が高打率を生み出しているのです。他の選手はそれに気付くことが出来ず、俗に言うスランプにぶつかり、大幅に成績を落としてしまいます。
 果たしてそれは野球選手に限ったことでしょうか。私たちの心も同じ事がいえます。僅かな隙から驕慢心、つまり驕りの気持ちが起こり、何をやってもうまくいかずにいつの間にか大きなスランプに陥っている方が多いと思います。
 私たちにとってその心を修正するという行為とは、日々の生活の中で犯した懈怠の気持ちを悔い改めることではないでしょうか。ところが、その気持ちはおのずとは生じません。そのために先人は朝一番に仏壇や神棚に手を合わせ、寺院や神社、または教会に出向いていました。大いなる存在に向かうことによって、改めて己の未熟さや、至らなさを痛感することになります。そこから生み出される「慚愧」、「懺悔」という気持ちによって、自らの心のスランプから脱却することが出来るのです。
 法然上人も「九条兼実の問に答ふる書」の中で「たとひ決定往生の信心を起こすとも、其後、又称念する事なく、ならびに小罪なりとも、これを犯して後懺悔せずば敢えて往生を遂がたく候歟」として、必ず極楽往生が出来るという信心が起こったとしても、それ以降お念仏をとなえることなく、罪を犯しても懺悔しなければ、往生を遂げ難くなってしまう、と述べておられます。
 イチロー選手のようにどこまでも自分自身を追い込み、徹底的に自己を省みる日々を送った結果が、いつしかメジャー大記録を生み出すように、私たちが日々習慣づけた結果こそがいつの間にか人格を形成する礎となっていくのです。
 東京都練馬区
 迎接院副住職  藤木随尊氏

12月の言葉 「 受け継ぎ そして伝える  」
  "When you take over something precious, you syuld let it be taken over some day. "
            浄土宗新聞(Honen Buddhism)
   『 教わったこと、学んだこと、しっかり受け止めていますか? しっかり伝えていますか? 
                                            明日のために、未来のために』
  H21_No.514 <写真は学校長揮毫の書>


今月の言葉12月号「受け継ぎそして伝える」
 私は以前、中国の工場に製品を生産委託する職に従事していました。中国の方は勤勉で手先も器用なので飲み込みも早く、できあがった製品は一見日本で生産した物と変わりません。しかし、根本的な価値観、環境の相違は否めなく、コミュニケーションの問題なども重なり、品質のトラブルが少なからず発生しました。でも、やがてその原因は伝える側、私の問題であることに気付きました。私自身が製品の知識、顧客のニーズ、自社の方向性などをしっかりと受け止めないと、生産者に伝わらず、品質の高い製品が出来ないことをたびたび実感したのです。
 お念仏のみ教えも、誰もが出来るやさしい行であるが故に、伝える方の思いによって、誤って理解されてしまうことが起きています。やはり、受け継ぎ、伝える方の正しい理解と信仰が必要なのです。その正しいみ教えが、法然上人から今日にいたるまで、多くの方々の命がけでの受け継ぎで伝えられてきました。ありがたいことです。
 私の父が、三年前に住職として最後の五重相伝を開いた時のこと。大切な教えを伝える儀式の正伝法が終わり、その夜疲れ果てて寝込んでしまいました。正しいみ教えを伝えるために、入念に原典を読み返し、伝書を何度も読み込んで準備した疲労が蓄積していたのでしょう。数時間後、小用に行こうとしても立ち上がれません。普段は誰の助けも借りようとしない頑固な父が、私に対し「手を貸してくれ」と言ったのです。
 久しぶりに握った父の手は年老いて、また温かくもありました。「しっかりとみ教えを受け止め、全身全霊をもってお檀家さんにお伝えするんだぞ」と言っているように私は感じました。
 その夜、本堂でお念仏をして、自分勝手に紆余曲折してきた人生を反省し、お念仏のみ教えを全力で受け止め、伝える決意をしました。
 私たちは、煩悩があるが故に、自分の都合で生きて、罪を作り続けている、本来地獄にしか行けないこの自分自身である、という愚者の自覚が必要です。そしてその私たちを唯一お救いくださる阿弥陀さまのお慈悲をしっかりと受け止めましょう。代々伝わってきた、誰にでも出来る、しかも阿弥陀さまの大きな功徳が凝縮されたお念仏のみ教えに会えた喜びを噛みしめましょう。「この行でしか救われない」と日々お念仏を実践し、その姿をもって、共々に後世へ伝えていきましょう。
   兵庫県尼崎市  東光寺住職 平井隆祐氏

11月の言葉 「 道に迷って 道を知る  」
  "When we lose our way, we come to understand. "
            浄土宗新聞(Honen Buddhism)
   『すんなり過ぎし道よりも、迷った道のほうが、印象深いもの。考え、悩んだ分だけ、きっと糧になるはずです。』
  H21_No.513 <写真は学校長揮毫の書>



10月の言葉 「 善を為す者は今に喜び後に喜ぶ  」
  " A good conduct makes you happy both at present and in the future."
            浄土宗新聞(Honen Buddhism)
    『善き行いは、喜びと幸せをもたらします。悪しき行いは、悲しみと苦痛をもたらします。あなたにも、だれかにも。』
  H21_No.512 <写真は学校長揮毫の書>


10月の言葉 善を為す者は今によろこび音に喜ぶ
 仏教では、因果ということを説いています。「因とは「原因」、「果」とは「結果」のことであり、一般的に「善因善果」「悪因悪果」という言葉で聞くことが多いのではないでしょうか。法然上人も御法語の中で「善を修する者は、善趣の報いを得、悪を行ずる者は、悪道の果を感ず」と示されております。
 イソップ童話の中に『アリとキリギリス』という有名な話があります。冬を越すために夏場、食べ物を蓄え、働き続けたアリと、働かず歌を歌って遊んでいたキリギリス。秋も過ぎ、やがて厳しい冬を迎えたとき、アリの方は、働いて蓄えた食べ物があるので幸せに冬を越すことができました。しかい、夏場に遊び過ぎたキリギリスは、蓄えをしていないので、冬を越していくことができません。なんとかして、食べ物を恵んでもらおうとアリにお願いをしますが断られてしまい、最後は苦しい思いで死んでしまう、というお話です。
 私はこの話を、幼い頃に母親からよく読んでもらい、子どもながらに、「善い行いは、喜びと幸せをもたらし、悪しき行いは、悲しみと苦痛をもたらす」ということを、物語を通じて教えられた記憶が残っています。
 一言で「善い行い」といっても様々あると思いますが、浄土宗において「善い行い」とは「南無阿弥陀仏」とお念仏をおとなえすることです。
 先日、住職と二人で、入院しているお檀家さんのお見舞いへ行った時のことです。このお檀家さんは、三十代の時にご主人を亡くされて、それからは女手一つで、二人の子どもを育て上げられた方であり、また、とても信心深く、熱心にお念仏をとなえられる方であります。ちょうど七月ということもあって、ロビーには、七夕の短冊が飾ってありました。入院されている方々が、それぞれ思い思いの願いを短冊に書いた中に、そのお檀家さんの短冊も飾ってあったのですが、そこには、「今も幸せ、これからも幸せ、この幸せを持って、あなたの元へ参ります」と書いてありました。病と闘いながらも、お念仏の日暮らしを続けていらっしゃいます。
 阿弥陀さまは「南無阿弥陀仏」とおとなえする者すべてをお守り導いてくださいます。「南無阿弥陀仏」と信じてとなえ続けること、これが「今に喜び、後に喜ぶ」生活へと変わっていくのです。
 共々に阿弥陀さまの本願を信じて、一遍でも多くお念仏をとなえて参りましょう。
   愛知県愛西市・唯称寺副住職 山田照信氏

9月の言葉 「 共生の日々  」
  "  "
            浄土宗新聞(Honen Buddhism)
  H21_No.511 <写真は学校長揮毫の書>


 法然上人(1123〜1212)が師と仰いだ中国・唐の時代の善導大師(613〜681)、その示された教えの中に、「願共諸衆生 往生安楽国」というお言葉があります。この「願共」の「共」と「往生」の「生」を合わせて「共生(ともいき)」と表現し、私どもは多くのことを受け取らせていただいております。
  「願共諸衆生 往生安楽国」の意味するところは「願わくは、もろもろの衆生と共に、安楽国(極楽)に往生せん」ということです。お念仏をおとなえする日暮らしによって、共に阿弥陀さまの世界、極楽浄土に生まれさせていただくのです。
 そもそも「共生」とは一般的には「自然と共に生きる」「世間と共に生きる」というようなことだけに受け止められてしまいがちですが、これだけでは、この「共に生きる」ということを強調している「横のつながり」でしかありません。
 浄土宗が掲げている「共生」は、この世での生きものとの共生ということだけではなく、過去から未来へつながっている”いのち”との共生を意味しているのです。
 私たちの”いのち”は、はるか昔の祖先から綿々と伝えられているのと同時に、子や孫といった未来へとつながっていく”いのち”でもあるのです。つまり、この世で終わるのではなく極楽浄土に生まれ、未来へと共に生きていくということです。これが正しい受け止め方であるでしょう。
 浄土宗では「横のつながり」だけではなく「縦のつながり」、この”いのち”のつながりを含めて「ともいき」と表現しているのです。そして、その実践こそお念仏であり、過去・現在・未来と通して共に生き続けていけることができる教えなのです。
 法然上人は、我々にお念仏の日暮らしをお示しくださいました。っそれは、私たちが罪深い凡夫であり、自らの力だけでは往生し難い身であるからです。まずそのことを自覚し、「南無阿弥陀仏」とお念仏するのです。そして、私たちは阿弥陀さまに見守られ、導かれ、救われていく身にならせていただくのです。
 まさしく阿弥陀仏と共に生きていくということになりましょう。そのように法然上人は「ただ一向に念仏すべし」とお諭しくださったのです。
 共生とはまさしく「お念仏」で往生するということ。お念仏を杖とし支えとして暮らすことこそが共生の日々となるのです。ともどもにお念仏を続けてまいりましょう。
神奈川県横須賀市
  専養院住職 小松ア 成淳氏

8月の言葉 「 笑顔は幸せへの妙薬  」
  "A smilimg face is a wonder drug for every unhappiness. "
            浄土宗新聞(Honen Buddhism)
  H21_No.510 <写真は学校長揮毫の書>


 行き交う人と何かの拍子に笑顔で会釈すると、不思議と温かい気持ちになる、といった経験はどなたもお持ちでしょう。町中で目が合った小さな子供が、ニッコリと笑顔を向けてくれたとき、自然とこちらも笑みが浮かびます。
 私は学生時代、krガをして松葉杖をついていたことがありました。その当時、病院に向かう道で、幼稚園くらいの男の子が声をかけてきたのです。私の松葉杖が不思議で仕方無い、といった様子のその子と、しばらく話をしていました。そして別れ際に、「杖を持って歩けるということは、お兄ちゃんにとっては魔法の杖なんやね」と、無邪気な笑顔で話してくれました。そのお陰で、痛みや不自由さで沈んでいた私の気持ちが、すっと軽くなったのです。私にとって、その男の子の笑顔は、まさに妙薬でした。
 もう一つ、私には忘れられない笑顔があります。
 四年前に往生されたお檀家のMさんは大変信仰に篤く、長きにわたりお寺に色々とご尽力下さいました。晩年は大病を患い、余命数ヶ月と医師から宣告を受けながらも、体調が許す限り、お寺参りに来られていました。
 秋彼岸法要でのことです。Mさんはお焼香を終えて自席に戻ると懐から鍵を取り出し、目の前にあった柱にほんの少しだけキズをつけたのです。そして阿弥陀さまを見つめて、ニッコリと笑顔を浮かべ、隣にいた私にかすかに聞こえる声で「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」とお念仏をとなえたのです。結果的にそれが、Mさんにとって最後のお寺参りとなったのでした。
 厳しい闘病生活の中で、お念仏の信仰がMさんの拠り所となり、その思いが笑顔となって表れたのでしょう。お念仏をとなえる姿から、いずれ間違いなくお救い頂ける、と阿弥陀さまを心底信じておられたことが、ひしひしと伝わってきました。ひょっとすると柱のキズは、ご自身の信仰の証を残すためだったかもしれません。その小さなキズを目にする度に、Mさんを思い出します。
 お念仏をとなえることは、阿弥陀さまが私たちを必ず救う、と本願として選びとって下さった教えです。阿弥陀さまが微笑みながら、私たちをお迎えに来てくださることを固く信じ、日々、南無阿弥陀仏ととなえてまいりましょう。
    兵庫県神戸市 
   一乗寺 村田光融氏

7月の言葉 「 貪る人は貧しく 施す人は豊かに生きる  」
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            浄土宗新聞(Honen Buddhism)
  H21_No.509 <写真は学校長揮毫の書>

 人の欲深い「食」の姿を見たとき、「結局損をするのに」と精神の「貧しさ」を感じ、また別の人が何かのために人生と財を捧げ専念している「施」の姿に触れたとき
そこに精神の崇高さ「豊かさ」を感じます。
 私はそんな崇高な人格を慕い、苦しみの中に生活している方を思い、奉仕活動をしたところ、思いがけない心に出会いました。それは苦悩する方のためにとの純粋な心もありながら、また一方で名利(名誉と利得)を求めている不純な心に。
 その心は「そんな偽善はない」と存在を否定すればするほど、醜くその存在を主張し、また抑えつければ抑えつける程、かえって膨れあがり、純粋な心を飲み込んでいきました。世のため、人のためにと「施の行為」をすればする程、その心の裏に名利を求める「貧の心」がいました。その貪りの煩悩に自分自身が乗っ取られたようで、逆に苦しくなるばかり。人のことを、「あの人は貧しい心の人だ、豊かな心の人だ」と言っている時は楽でした。また、その実践の困難さも顧みず「俺が俺がと貪る心を捨てよ」と、人に説いているだけの時もまた楽でした。しかし真実実践の難しさ。
 この苦悩を通して、初めて見えてきたものがありました。私の力ではこの貪りの煩悩を消し去ることも、コントロールすることもできない。何か絶対なる存在に頼っていくしかないと。
 その気付きによるお念仏の中で、慣れ親しんできたはずの法然上人のみ教えが今更ながら、私の実践生活の中で光となり輝いてきました。
 貪りの煩悩を断つことのできない私がそのまま救われる教え。さらに上人は『逆修説法』の中で「お念仏する者は阿弥陀さまの清浄光に照らされ貪りの不浄が除かれていく」とも述べてくださっています。篤心な念仏行者の徳本上人も「鬼や蛇をかくまい置いて何にする阿弥陀仏ぶつ云いておいだせ」と貪る心を南無阿弥陀仏ととなえて追い出せと、歌でお勧め下さっています。
 「貪る人は貧しく、施す人は豊かに生きる」の実践はなかなか困難なことです。しかし、貪りの者でも、救うぞ導くぞとの阿弥陀さまの大慈悲の中で、せめてこれ位にのことはさせて下さいと清浄光を頂きながら「施の実践」をして参りたいと思います。
   福岡県芦屋町  大願寺・金田昭教氏

6月の言葉 「 一つずつ片付ける  」
  "Between two stools one falls to the ground."
            浄土宗新聞(Honen Buddhism)
  H21_No.508 <写真は学校長揮毫の書>


今月の言葉
 四月のある日、桜吹雪の舞う中で、まだどことなくぎこちないスーツ姿の若者の集団とすれ違いました。おそらく新社会人なのでしょう。少しの照れと少しの不安、そしてたくさんの希望が入り混じりつつも輝くような表情の彼らと、はかなくも美しく散り行く桜吹雪が対照的に見え、同時に私自身の二十年近く昔の姿とも重なりあったこともあり、今でも強く印象に残っています。
 あれから二月。満開の花を咲かせていた桜並木もすっかり深い緑におおわれました。毎年目にする光景ですが、桜はいきなり花を咲かせ、深い緑の葉を生い茂らせる訳ではありません。冬を耐えてつぼみを芽吹かせ、一斉に咲いた花はすぐに満開となり、やがては桜吹雪となって散って行く。花が散った後の新緑は、いつの間にかその緑が深まっている。つまり、一つ一つの過程を経るからこその満開の花であり、生い茂る緑なのです。
 四月にすれ違った新社会人たちもそろそろスーツ姿が板につき始めたころでしょうか。これもまた、毎日スーツを着ての通勤に慣れることから始まり、新人研修やその後の配属という過程を経るからこそであり、社会に出たその日からすべてが身についている訳ではありません。「片付ける」という言葉は「物事を落着させる」という意味もあり、そのためには、一つ一つの過程を大切にする必要があります。その過程を大切にすることで、新社会人としての常識が身についていくのです。
 お念仏をおとなえするための心構えである三心も、お念仏をおとなえしながら日暮らしを送るための心得である四修も、重要なのは頭で理解することではなく身につけることです。法然上人が「一枚起請文」の中で「三心や四修もみなことごとく『南無阿弥陀仏とおとなえして必ず往生させていただくのだ』と思い定めるうちに、自ずと身についていくのです」とお示しくださっているように、あれこれと考えるよりも「阿弥陀さまどうかお救いください」とお願いしてひたすらにお念仏をおとなえすることこそが何よりも大切です。つまり、三心も四修もひと声ひと声のお念仏を大切におとなえする日暮らしの中でいつの間にか身についているものなのです。
 決定往生の思いを込め、まずはひと声、南無阿弥陀仏。
  群馬県太田市  
     哀愍寺 新井直人氏

5月の言葉 「 見上げる空に垣根なし  」
  "Looking up at the sky,we are see no boundaries."
 「見上げればすがすがしい五月晴れ。さえぎるもののない大空のもと、みんなみんな、生かされ、生きています。」
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)
  H21_No.507 <写真は学校長揮毫の書>


 空は五月晴れでとても美しく、生命や緑が生き生きとする季節になりました。晴れた空を仰ぐと思い出す事があります。
 私は僧侶となるために京都の佛教大学へ通わせていただいていたのですが、授業が終わるとよく鴨川の辺りへ行っては色々と考え事をしました。その頃一番の悩みは、「お念仏をおとなえしていても気持ち次第で信じられているなと感じる時と、雲がかかった様にすっきりとしない疑いの心が起こる時があり、なかなか深い信心が得られない」という事でした。その時、ふと片手ずつ指で円を作って目に当てメガネのようにして真上を向いて空を覗きました。当然ながら指で囲んだ直径三センチ程度の空しか見えません。本当は広大な空があるのに指で囲んでしまうことによって、ごく一部の空にしか見えないのです。この事によって私は気付きました。指の範囲は人間の器であり、自分の物の見方であって、私たちは知識や経験によって物事を判断し、自分の理解出来ないものは信じられないように出来ているようです。だから目に見え手に触れられない阿弥陀さまの尊いお姿や極楽浄土は信じ難い物だと気付きました。自分の知識や経験のメガネを外して、仏さまのお言葉を素直に信じ行じなければ真実は見えないのです。
 そして私はこの事を師僧に相談しました。師僧は「そのままでよろしい。人間は生まれつきに心をわずらわす煩悩があって、お念仏を疑う心を持っているんや。だから阿弥陀さまを仰ぎ信ずる心よりも、疑う心が強いのは当たり前なんや。大切なのは、疑う心をを懺悔して、疑いながらもお念仏を相続していく事や。そうすれば、おとなえしていく内にお念仏の功徳によってだんだんと信心が深まっていくもんや」と。
 疑いの心があっても、阿弥陀さまは分け隔てなく私たちを導きお救いくださいます。それはまるで広大な空が無条件に私たちを覆っているように。しかしながら信心が浅くて良いという事ではありません。阿弥陀さまが私たちの浅い信心を遙かに上回った広大なお慈悲をもってお救い下さるのですから、そのように尊いお念仏を共々に生涯おとなえさせて頂きましょう。
 弥陀頼む 人は雨夜の月ならむ 雲はれぬまま西へこそいけ
  奈良県下市町
   西迎院 中村 華氏

4月の言葉 「 花を愛でその根を想う  」
  "Adomire a cherry-tree,not only for its full-blown blossoms
  but for its invisible roots."
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)
  H21_No.506 <写真は学校長揮毫の書>


  昨年2月、長年、春彼岸にお墓参りに見える方々の目を楽しませてくれた庭の白木蓮が、嵐で倒れてしまいました。さびしく思った住職は、東京であれば3月上旬から彼岸頃まで咲くだろうと、早咲きで有名な”河津桜”の苗木を購入してきました。そして、忙しい住職に代わり、副住職の私が桜係を仰せつかり、苗木を植えて育てることとなりました。
 正直なところ、はじめは「なんと面倒くさいことを任されたのだろう」と思ったのですが、鮮やかなピンク色の花を咲かせると聞いて「咲いているところをぜひ見てみたい」と思い、丹精して育てるようになりました。しかし、いままで一度も木を育てたことのないわたしにはわからないこと多く、慣れない作業に困惑することもありました。
 なかでも驚いたのは、はじめは元気に伸びた枝葉が急に下を向いた時のことです。なぜだろうと眺めていると、その根の周りの土が白くカビていたのです。土がカビるなんて想像もしていなかったわたしは、あわててホームセンターへ行き、その対処方を教わりながら必要な堆肥類を購入し、土のカビを除き、新たな土に植え直しました。幸いにも桜の木はみるみる元気を取り戻し、以前と同じく大きな葉を茂らせ、今年の春彼岸に美しいピンクの花を咲かせました。当たり前のことながら、この時わたしは、しっかりとした根があるからこそ、木は大きく枝を伸ばし葉を茂らせて美しい花を咲かすことができるのだと実感したのです。
 わたしたちがお念仏を申すだけで必ず極楽へ往生させていただけることは、「わたしの名前を呼ぶなら必ず救い取るぞ」という阿弥陀さまのお約束(ご本願)があるからこそ可能なことです。このご本願は、阿弥陀さまが腹立ちや貪り心をなどを離れられないわたしたち<凡夫>のことを想い、はかりしれない時間をかけてご修行された末に成就されたものです。
 湿気に負けてしまう苗木の根っこと異なり、極楽往生は阿弥陀さまのお約束<ご本願>が根底にあるゆるぎないものです。色とりどりの花が咲く四月、美しい花を咲かせた根っこに感謝するとともに、阿弥陀さまのお約束に感謝しつつ、お念仏をおとなえいたしましょう。
          東京都台東区  光照院・吉永岳彦氏

3月の言葉 「 聞こえていますか 大事な言葉  」
  I Can you sense what really mattrs?
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)
  H21_No.505 <写真は学校長揮毫の書>


 法然上人が往生されたのは一月二十五日でたいへん寒さの厳しい時期のようなイメージがありますが、実際には旧暦ですので、今の二月終わりから三月はじめくらいの時期だそうです。
 さて、三月といえば卒業シーズンであり、新しい環境に踏み出す方も多い季節です。新しい門出を迎える方の中には、ご両親などの家族や学校の先生、はたまた友人から生涯忘れられない、人生の指針となるような言葉を贈られた方もいるでしょう。
 法然上人がお父さまを夜討ちによって亡くされたことはみなさまご存じかと思います。そのお父さまの「敵討ちは考えず出家して私の菩提を弔い、自分の解脱を求めなさい」とのご遺言は上人の心にずっと留まりました。法然上人の伝記に、比叡山での修行中のエピソードがありますが、その中に「幼稚の昔より成人の今に至るまで、父の遺言忘れがたくして」とあることからも、法然上人にとってお父さまの言葉は忘れがたいものであったことが分かります。
 そのお父さまの言葉を忘れず精進された法然上人がたどり着いた教えが、善導大師の『観経疏』にある「一心専念弥陀名号」という、いわゆる立教開宗の文です。
 それまで何人もの高僧に教えを受け、自身で多くの経典を読んでも、すべての人が救われる道を見出せなかった法然上人にとって、この言葉はお父さまの遺言に加えて、生涯決して忘れることのない、生き方の原動力となる大切な言葉となりました。
 法然上人は善導大師のお言葉を柱に置き、お念仏の布教に励まれたわけですが、その中でたくさんの御法語を遺して下さっています。「少罪をも犯さじとおもうべし」など日常生活に関する戒めのことばもいろいろありますが、私たちが何より忘れてならないのは『選択集』の冒頭にあり法然上人が直々にお書きになられた「往生の業 念仏為先」ではないでしょうか。「往生のためには念仏を第一としなさい」という上人がお残しくださった言葉を実践し、お念仏の声が響き渡れば、お浄土にいらっしゃる上人もきっと微笑んでいてくださることでしょう。法然上人に善導大師が記された大事な言葉が聞こえたように、みなさまには法然上人が遺された大事な言葉が聞こえているでしょうか。
  神奈川県川崎市  大蓮寺 沼倉雄人氏

2月の言葉 「 這い上がる時に 何かが深まる 」
  In our struggle fonward ,something profound awakens.

           浄土宗新聞(Honen Buddhism)
  H21_No.504 <写真は学校長揮毫の書>


 生きていれば誰しも逆境、苦境に立たされることがあります。
 仏教では、生きる上での苦しみを「四苦八苦」と表します。生.老.病.死の四つの苦「四苦」に、愛しい人との別れの苦しみ、憎らしい人と出会う苦しみ、自分の欲するものが手に入らない苦しみ、そうした人間を作る心身そのものが苦しみである、という四つを加えて「八苦」といいます。一切皆苦のこの世において執着を捨てきれない私たち人間ですので、さまざまな場面で逆境、苦境の状況になりがちです。
 「這い上がる時に」ということで私自身において考えますと、大学受験の真っただ中、住職であった祖父が亡くなり、その年の夏に初めて本山での行に入ったときのことを思い出します。
 二月の大学入学試験当日が祖父の通夜、そして、やるやらないの判断をするゆとりもないまま、半年後の修行に入ることになりました。祖父は亡くなる直前まで元気に住職を務めていたこともあり、それまでの私は気持ちとしては「いつかは僧侶の道に進むときも来るのかな」と漠然と思っていた程度、お経も法要の作法もほとんど教わっていませんでした。
 初めての剃髪、慣れない修行に不安を抱えながら、指導員の先生に大殿入堂直前、襟首をつかまれて着付けを直される有様でした。今になって思うとあの日々があってこそ、こうして僧侶の端くれとして勤めさせていただいているのでして、これも一つのご縁であり、ありがたいお導きであったと感じています。
 しかし、当時は必死に過ごすのみでした。それでも何とか先へ進むことができたのは、私が小さい時に先代がお檀家さまに言った「この子はいいお坊さんになるよ」という言葉が、どこか心の支えとしてあったからのような気がします。
 誰しも生きている限り苦しい時はやって参りますが、すでに私たちは法然上人がご生涯をかけてお示しくださったお念仏の教えに出会うというありがたいご縁をいただいております。まだ今年も始まったばかり、南無阿弥陀仏のお名号を心の柱として、必ず阿弥陀さまが見ていてくださるというお心持ちでそれぞれの生活、それぞれの道において精進して参りたいものです。
  東京都葛飾区  香念寺 下村達郎氏 

1月の言葉 「 たった一歩 されど一歩 」
  Even the smallest of steps makes progress.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)
  H21_No.503 <写真は学校長揮毫の書>


 縁あって長野から千葉の古寺に住しておよそ一年半。見知らぬ地の生活は当初慣れないもので大変でしたが、あらゆる方々のご支援をいただき、ようやく軌道に乗ってきたように感じます。拙いながらも一寺で浄土宗の伝道教化をさせていただけるということは、とても有り難いことと思います。
 この地域では冠婚葬祭をはじめ、伝統的習俗がかなり残っており、大切に守られています。このような習俗の仲には仏教とは合致しないようなものもありますが、地域にしっかりと根付いています。そうした伝統的習俗を重んずる地での伝道教化は困難な一面もおりますが、与えられた環境で最善を尽くしたいとの思いで歩んでいます。 
 この地域には、日本で唯一のスリランカ仏教寺院「蘭華寺」があります。以前、蘭華寺住職でスリランカ仏教センター管長のバーナガラ・ウパティッサ師のお話を伺う機会がありました。師は、およそ二十年前に蘭華寺を創設され、依頼全国の仏閣や団体を回り法話を通して仏教伝道を行い、幼児教育などにも積極的に取り組んでおられます。しかし、文化の違う日本で寺院を創設し、信仰を広めようとするには、強い情熱や志があるものと思います。師に「今後、スリランカ仏教寺院を国内各地に増やしたいというお気持ちはありますか」とお聞きしたところ、「今は寺院を増やすということは意識していません。まずは、日々の地道な布教活動が重要です。着実な伝道教化という歩みを続けていれば、自然に寺院は増えていくでしょう」とのお答え。師の堅実な志を垣間見、日々の一歩一歩がいかに大切であるかを実感しました。
 現在、氏の活動は国家間レベルの外交補助をスリランカ大使館と共に行うなど広範囲に及んでいますが、このような活動も師が日々の着実な布教活動を大事にしているからこそ為し得るものと思います。
 「たった一歩、されど一歩」。例えわずかな一歩でも、積み重ねることで大きな目標に到ることが
できると思います。一歩を踏み出さなくては、目標に到ることはもちろん、それが困難であるかどうかも分かりません。
 年が改まった一月は気持ちが清新になり、新しいことを始めるには最も適した時期。さあ、新たな一歩、着実な一歩を。
  千葉県香取市 来迎寺・笠島崇信

12月の言葉 「 深い川は 静に流れる 」
  Quietly flows the river that is deep anf wide.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)
  H20_No.502 <写真は学校長揮毫の書>


12月 今月の言葉
深い川は 静に流れる
Quietly flows the river that is deep anf wide.

  遠藤周作の小説で『深い河』という作品があります。作者が七十歳のときに発表され、彼の生涯のテーマ「キリスト教と日本人」の最終章となった作品で、一九九四年に毎
日芸術賞を受賞し、翌年これを原作として映画化もされています。
 この小説を要約すると、次のような内容です。
 舞台は戦後四〇年程経過した日本。主人公の五人がそれぞれの理由で印度への旅行を決意します。五人はみな深い業を持っていましたが、あらゆる宗教、人種、性別、罪業も関係なく、人間の哀しみや苦悩すべてを許し流していく偉大な河ガンジスによって人生とは何かを感じていく、といった物語です。
 日本人は、クリスマスはキリスト教、除夜の鐘は仏教、初詣は神道、とその時に合わせて様々な宗教を取り入れます。また人によっては特定の宗教に深く帰依せず神様や仏様など深くは考えずに一生を送る方もいるでしょう。そんな中で小説『深い河』では主人公たちを通して、ガンジスの流れの中に、日本人でも理解できるすべてを包み込む父
母のような偉大さを見出しています。
 人間の心は、法然上人も「凡夫の心は物に従いて移りやすし。例えば猿猴の枝につたうがごとし。誠に散乱して動じやすく、一心静まり難し」(『勅伝巻六』)と仰っているように、よりどころがないと心は定まらず、時に悪い方へ悪い方へと迷ってしまいます。そこを善い方へと進ませるには、小説『深い河』でいうガンジスのような深い河が(川)重要になってくるのです。
 私たちにとっての深い河(川)とは、もちろん阿弥陀様であり法然上人が説かれた称名念仏に他なりません。一見すると浅いようで実は深い、本当の真理とはそいうものなの
かもしれません。仏教だって簡単に言えば、明るく、正しく、仲良く、とも表される「仏・法・僧」に帰依することが基本です。しかし、多くの人間はこの簡単なことをなかなか実践・持続することができません。だからこそ「南無阿弥陀仏とおとなえすれば西方極楽浄土に往生できる」という一見すると浅く見えますが実は深い「お念仏の教え」が必要なのです。その「深い川」、つまり「念仏の教え」は、これまでもこれからも大きくも静かに、私たちの傍らに流れています。
  東京都目黒区  浄桂院・伊藤 弘道氏

11月の言葉 「 お念仏を申しながら 仕事をする 」
  We should always strive in the spirit of the nenbutu. 
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)
  H20_No.501 <写真は学校長揮毫の書>


 現代はストレス社会といわれる。職場の人間関係や仕事でのトラブルが原因となり、何となくすべてに嫌気がさし始める。気付くと日常生活すべてにイヤ〜な雰囲気が漂うようになり、唯一の楽しみの晩酌もなんだか義務のようにこなしている。たまの休みに寝倒してみても、起きたら「人は何もしなくてもストレスが溜まるんですよ」などとテレビで言っているのを見て落ち込む・・・。
 要するに、いつでもどこでもどんな状況においてもストレスから解放されることはないのだと気付き、さらに鬱屈とした気分になる。気分転換には運動がよいと言われ、ジムへ行こうと一念発起したはいいが、なかなか続かずさらにストレスの原因になったりする。かといって運動しないでいると、メタボと言われ、健康診断で恥ずかしい思いをした上に命の危機を警告される、まさに「泣きっ面に蜂」状態。こんなに真面目に働いているのに「全く神も仏もありゃしない」とうそぶいて「どうなってもいいや」と投げやりになる。そうはいっても、健康関連の記事には敏感になり「運動しなきゃ」という思いは捨てられず、悶々とした日々を過ごすのである。
 結局、人間は易きに流れる動物であり、たとえ身体によくても苦しいことはイヤ、できることなら楽をしたいのだ。
 この本質を突いて、易行で救われると説いてくださったのが、法然上人。「南無阿弥陀仏ととなえるだけでよい。」しかも、「いつでもどこでもどんな状況でもかまわない」とは、なんとありがたい。いつでもどこでも何をしていてもストレスの取り憑かれている我々にとって、どんな状況でもとなえられるお念仏は、対ストレス用ツールとして最高ではないだろうか。
 仕事の合間にナムアミダブツとつぶやいてみる。何だか落ち着いた気分になる。トラブル発生時にナムアミダブツとつぶやいてみる。気が付くと驚くほどに心が浄化されているのが分かる。最初は仕事の合間のお念仏でも、そのうちお念仏の中に仕事が入ってくる。不思議なものである。
 社会の荒廃の中、満身創痍で意気消沈している方、お念仏でストレスフリーの極楽浄土へどうぞ。頑張れ!日本の働く人たち!
 ナムアミダブツ・・・。
        愛知県清須市  信教寺 澤田和幸氏

10月の言葉 「 つとめて 弥陀にすがるべし 」
  We fully rely on the saving power of Amitabha Buddha.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)
  H20_No.500 <写真は学校長揮毫の書>


つとめて 弥陀にすがるべし
We fully rely on the saving power of Amitabha Buddha.

 先日、お檀家の老婦人が亡くなりました。篤信の方でした。生前「弟や妹はお寺のことを何もしない」とよくこぼしておられたその方は、ご先祖のお墓をよく守り、お話をしていると、お念仏とともにある日常が見て取れる方でした。
 ところで、私たちを取り巻く社会はめまぐるしく変化しています。高齢化社会といわれて久しく、情報化社会などとも言われる中、とりわけ人とのふれあいが希薄になっているように思います。
 例えば、私が子供の頃は三世代同居が普通、学校から帰れば毎日友達と泥だらけになって遊びました。本来そうした人との会話や遊び、喧嘩をしたりする中で、人に対する思いやりや感謝の心は育まれるのです。
 ところが現代は核家族化の進行や、一人で部屋に籠もりゲームで遊ぶ子どもが増えました。また、インターネットや携帯電話は、人と接することなく買い物や会話ができます。むろんそれらが全ての要因ではありませんが、自分本位、自分勝手な考えを持つ人の増加に影響していることは明かです。昨今の、命を軽んじた犯罪の背景に、身勝手さや孤独感が見え隠れしているように思えます。
 そこで考えたいことがあります。核家族の問題以前、家庭には、仏壇に向かう祖父母、両親の姿がありました。それは、自然にご先祖の存在、阿弥陀仏の存在を感じさせてくれます。仏教の立場からいえば、今の世の中にはこうした環境が必要に思えてなりません。
 例えば、肉親を亡くせば人の死を考え、悲しみを知ります。そして日々仏壇にお念仏をとなえ、亡き人の浄土での安息を願い、阿弥陀仏に向かってお念仏をとなえます。また人生の節目にお墓や仏壇に手を合わせ、ご先祖に報告することもあるでしょう。それにより、感謝の気持ちが芽生え、おかげの心も見えてきます。
 このような気持ちで社会に目を向ければ、支え支えられ生きている自分を認識できます。そして、人の悲しみ、苦しみがわかり、思いやりの心をもって、進んで人と接することができるはずです。
 多くのお寺でお十夜が勤められるこの時期、阿弥陀さまを身近に感じるいい機会ではないではないでしょうか。
 なお、冒頭のお話、今はご婦人の妹さんが、よくお墓にお参りに見えています。
  東京都江戸川区  「法然寺 大谷秀穂氏」

9月の言葉 「 日没のかなたに 極楽浄土 」
  Beyond the sunset lies the Land of Bliss.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)
  H20_No.499 <写真は学校長揮毫の書>


 私は一心寺前の逢阪から眺める夕日が好きだ。夕景に浮かび上がる通天閣に何ともいえないノスタルジーを感じるのだ。昔から自然を崇拝してきた日本人にとって、夕日には格別の思いを持つ人も少なくない。
 大阪出身の作家、司馬遼太郎は、著書『大阪の原形』で、天王寺区にある夕陽丘の眺めを、次のように述べた。「夕陽丘から見る夕日は美しい。私は学校に通っていたころ、このあたり好きで良く歩いた。ある夕、朱色ーあまりに鮮やかな朱であるために天体とは思えない太陽が、大気のなかに漂うようにして沈んでゆくのを見て、息を忘れるような思いがした。ー大阪の名所をあげよといわれれば、この崖ではないか。と思ったりした」
 夕陽丘から見る夕日は、夏は六甲山に、冬には淡路島に沈む。そして春と秋のお彼岸の時期には、真西の明石海峡のわずかな隙間に沈んでいく。今はビルが建ち並び、埋め立てにより海岸線が遠くなってしまったため見えにくいが、かってのその眺めには、特別のものがあったのだろう。
 今から八百二十三年前の1158年、法然上人は四天王寺の別当であった慈鎮和尚の招きで四天王寺を訪れ、そして素晴らしい夕日に巡り会われた。法然上人は、慈鎮和尚が用意された草庵「荒陵(あらはか)の新別所」にしばらく滞在され、日想観を行じられたという。日想観とは、夕日を見て極楽往生を願う『観無量寿経』に説かれる修法であある。 四天王寺の西門は極楽浄土の東門といわれ、また熊野詣での通り道にもあたる。元来この地には、多くの人が日観想の行を求めて来ていたのである。
 法然上人が荒陵の新別所滞在中には後白河法皇も立ち寄られ、上人と共に日観想を行じた。時あたかも源平争乱のクライマックス。この一月後、平家は壇ノ浦で滅びてしまうのである。
 法然上人と後白河法皇は、真西の明石海峡に落ちていく夕日に極楽往生を願うと共に、その先の瀬戸内海で繰り広げられていた源平の争乱を思いつつ、国の安寧と万人の幸せをも願われたのではないかと思う。
 気ぜわしい世の中ではあるが、お彼岸にはそれぞれの場所から、沈む夕日を見て、夕日の先にある阿弥陀様のお慈悲と共にご自身の思いや願いを、見つめ直す好機ではなかろうか。
   大阪府泉大津市  生福寺 石原成昭氏

8月の言葉 「 ふるさとの香り おふくろの味 」
    The smells of home ara as familiar as a mother's cooking.
      浄土宗新聞(Honen Buddhism)H20_No.498 <写真は学校長揮毫の書>


 先週、我が家の燕たちが巣立っていきました。毎年、四月頃にやってきて、同じ軒下の同じ場所で巣作りをし、卵を産んでふ化させ、この時期に、家族そろって巣立っていきます。今年は六羽のヒナが孵(かえ)りました。巣は玄関先の、子どもたちの通学の道からよく見える位置にあるため、ヒナの成長が食卓の話題になることもしばしば、この季節の私たちの家族の楽しみでもありました。巣立った後は、巣は片づけてしまいますが、不思議と次の年も必ず同じ場所に巣をかけてくれます。
 「馬に北風の愁いあり、鳥に南枝の悲あり」(『文選』)という言葉があります。北方で生まれた馬は、北風が吹くたびにふるさとを思い、南方からの渡り鳥は、ふるさとを慕って南向きの枝に巣を作る、つまり生あるものは皆、故郷を忘れがたいのだ、という意味です。
 巣立っていった燕にとって、我が家がふるさとなのか、巣立った先がふるさとなのかは分かりませんが、毎年やってくる燕を見ると、ここが彼らのふるさとであって欲しいと思うと共に、ここには、燕たちの本能に訴える何かがあるのでは、という気さえします。
 私の生まれ育った場所は日本海に近いところで、家のそばには、海を真正面に見ながら、緩やかに下っていく坂があります。学生時代、帰省の折に、ここに差し掛かるたび「帰ってきたな」と思うと同時に、懐かしいような、安心するような、何とも言えない気持ちになっていました。弟も同じことを言っていたのを思い出します。
 故郷を離れて生活する中で、何気なく目にしたものや口にしたもの、又聞こえる音など、五感で”ふるさと”を感じる瞬間があります。人にとって、生まれ育った土地は、それだけ忘れ難いものなのかもしれません。
 もうすぐお盆、多くの方がふるさとに帰省される時期です。当山にも、たくさんのお檀家さんがお墓参りに来られます。お迎えするお寺として、帰ってきて良かった、お参りして良かったと、言っていただける場所、ふるさとの香り・味のように、繰り返し人の心を温める、”ふるさとのお念仏”をご一緒にとなえられる場所、そしてあの燕のように、皆様に帰っていただける場所でありたいと思っています。
    島根県江津市  藤長寺  三上 良紀氏

7月の言葉 「 自分がやらずに 誰がやる 」
  Who else will do it if we won't.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)H20_No.497 <写真は学校長揮毫の書>


 七月になりました。小学生の頃、いつも頭を抱えていた夏休みの宿題。早めに終わらせようと思っても、
いつも九月目の前に慌てることになる。誰かに手伝って欲しくて、甘えた心でいる私に、祖母が一言。「自
分がやらずに、誰がやるの?」
 祖母は船会社の家に生まれ、早くに両親と死に別れ、二人の弟と共に親戚の家に預けられた。その後、祖
父と縁を結んだものの、戦争が始まり、祖父はすぐに入隊。終戦直後、寺に帰った祖父は体を壊し、病床に
いる毎日。その間、たった一人、庭掃除から法事まで、あらゆることをやってのけ、寺を護持したのは祖母
だった。時代は戦後の混乱期。食料は不足し手に入らず、やっと手に入れたわずかの品さえ泥棒に盗まれる
始末。お寺の形を維持できるのかすらまったくわからない、不透明な暮らしの中、実に苦労の連続だったと
思う。
 しかし、「お寺には阿弥陀さまがおいでになる。そのお給仕は私がせずに誰がする? この体の続く限り
、目一杯させていただこう」と、まだ小さかった私の母を背負い、庭の草むしりに畑仕事、お堂の掃除に檀
家のお参り、ついに祖母は寺務を停滞させなかった。 法然上人が晩年、四国への配流をお受けになったと
きのこと。弟子の一人が、上人の身を案じ、「お念仏のご説法を、今しばらくお休み下さいませ」と願い出
たところ、上人は、「我れたとい死刑に行わるとも、この事言わずばあるべからず」(お念仏の布教に対し
、死刑のお仕置きを受けようとも、このお念仏の行を広めないわけにはいかない)と仰せられた。このよう
なときこそ、腹を据え、誠意を持ってお念仏の布教に当たらねば。自分がそれをやらずに、一体誰がするの
だ。との思いを抱いておられたのだろう。
 私の両親が亡くなったとき、暗い顔をした私に、祖母がこう言葉をかけてくれた。
「暗くなれば、自分が光になって照らしなさい」−そんなに暗い顔をしていたら、周りの者まで暗くなる。
そんなときこそ、自らが、光る気持ち、照らしていく気持ちを強く持ちなさい−と。
 「自分がやらずに、誰がやる」。戦中、戦後の暗いとき、周囲を懸命に照らし続けていた祖母。今年は、
その祖母の初盆だ。ただただ合掌をし、ただただお念仏をとなえます。
     京都市・大善寺   羽田 龍也 氏

6月の言葉 「 雨もよし 晴もよし 」
  Rain or shine,all is fine.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)H20_No.496 <写真は学校長揮毫の書>


 梅雨の雨音は、皆さんと一緒に打つ、木魚の音に似ておりますね。ジメジメとした日暮らしも、ゴロゴロと雷が鳴り、梅雨の明けるその日までの辛抱です。
 「雨もよし、晴もよし」と受け止める生き方は、我々が念仏をとなえる人生を通し、”生き死に”を受け止める生き方とつながっているように思います。
 祖母が昨年七月、享年九十六歳で他界いたしました。阿弥陀さまのお誓いを深く信じ、不断のお念仏をつとめることを喜びとしているひとでした。特に晩年、足腰が弱って本堂に参ることができなくなってからは、自室にご本尊の写真をおまつりし、目が覚めているあいだは常に木魚を打ち、お念仏をとなえるという生活を送っていました。朝に夕にと、お念仏をとなえることのできる喜びの姿がそこにありました。
 しかしながら昨年二月、不意の事故で胸椎を圧迫骨折し、病院でお世話になることになりました。生身の身体ゆえ、他の病気も併発し、その後は寝たきりの生活が続きました。
 けれど祖母は、朦朧(もうろう)とした意識の中でも、木魚を打つことを忘れませんでした。木魚を打っているつもりの手が、ベッドの柵に何度も、何度も当たりました。その時は身も心も病院ではなく、自室のご本尊の写真の前にいたのでしょう。この話を聞いた看護師さんが、たくさんのタオルを柵にも手にも巻いて配慮して下さいました。
 また祖母は、ある頃からお医者様や看護師さんに、よく「ご指示通りにいたします」と申しておりました。当時は何気なくそのやりとりを聞いておりましたが、後にその言葉の持つ意味の深さに気づくことになりました。
 我々は、ただ一向にお念仏をとなえ、阿弥陀さまのご加護のもと、お浄土へ生まれさせていただきます。お念仏をとなえるということは、すなわち、阿弥陀さまのお導き(=ご指示)のもと、生も死も受けとめさせていただく、ということを意味しているのです。
 約五ヶ月間の入院生活の後、祖母は最後の一息まで、お念仏をとなえて息を引き取りました。後に残る我々の手本となる姿で、今生を終えてくれたように思います。西方極楽浄土での、祖母との再会を楽しみに、日々お念仏に励む生活を送っております。
   奈良市・興善寺  森田 康友氏 

5月の言葉 「 私を生んでくださり ありがとう 」
  We are thankful to have been bom on this earth.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)H20_No.495 <写真は学校長揮毫の書>


 「お父さん、お母さん、私を生んでくれてありがとう」
 これは結婚したときに、私の妻が両親にあてて読み上げた手紙の一文です。
 考えてみると、この言葉を耳にする機会というのは、結婚式の際、新婦が両親に読む手紙の中で、という場合が多いのでは。普段の生活の中で、両親に「ありがとう」と言うことはあっても、「生んでくれてありがとう」とまでは、正直、あまりにも当たり前過ぎて、気に掛けることすらないのではないでしょうか。
 「ありがとう」を、漢字で「有り難う」と書きます。これは字のごとく、「有る」ことが「難しい」という意味で、当たり前ではないということです。実はこれは、世の全てのことについて言えます。もちろん命についても同じで、私たちの存在も、両親あってのこそ。もし父が母と結ばれなかったとしたら、私はこの世界に誕生していないのです。
 人とのつながりを、よく”縁 ”という言葉で表しますが、この世の物事は、直接的な原因の”因”と間接的な原因の”縁”によって結果が生じます。これは命についても同じことで、祖父や祖母がいなければ父も母も存在していないわけで、考えれば考えるほど、命のつながりとは”縁”なのだと思います。
 「人身受け難し、今すでに受く。仏法聞き難し、今ここに聞く」というお経がありますが、そんな尊い”縁”をいただいて、私たちは今、人間として生まれています。しかし、そうして生まれたこの世界は、楽しいことばかりではありません。むしろ数多くの苦しみに満ちています。仏教の根本はその苦しみから離れることにありますが、このお経の「難し」の言葉には、生命をいただいた「有り難さ」とともに、生の苦しみから逃れる方法である仏教を聞ける「有り難さ」が記されています。人間の世界は、仏教を聞き、南無阿弥陀仏ととなえれば、苦しみのない阿弥陀さまの極楽浄土に生まれることのできる、お念仏の教えに出会う、有り難い”縁”を得られる場所なのです。
 恥ずかしく、なかなか面と向かって言えないかもしれませんが、この世界に”縁”を結んでくれた両親に、「生んでくれて有り難う」と伝えたいと思います。どちらに先に、お迎えが来るのか分かりませんが、その時が来るまでに・・・。
                  神奈川県逗子市  正覚寺 脇川公暢氏

4月の言葉 「 身についたものはなくならない 」
  Accumulated experience stands in good stead.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)H20_No.494 <写真は学校長揮毫の書>


 私たちが普段、意識を働かせている時間は、自分が思っているよりも長くないようです。例えば、誰かとすとき、自分の手や足や口がどういう状態になっているかはふつう意識しません。パソコンのキーボードを打つとき、ピアノを弾くとき、車を運転するとき、頭の中で考えるよりもまず、身体が先に動いています。つまり、私たちは日常的な行動のほとんどを、それまでに蓄積してきた習慣にもとづいて行っているのです。「はじめは私たちが習慣を作り、それから習慣が私たちを作る」とは、イギリスの詩人であるジョン・トライデントの言葉ですが、日々の積み重ねがいかに大事なものであるのかを考えさせられます。
 ところで私たちは、自分の習慣について「いつから?」と聞かれても、はっきり答えられないことがよくあります。習慣が身についていればいるほど、意識することは少なく、そのことに気付くきかっけが必要です。例えば早起きや夜更かしの習慣は、その後の体調の善し悪しや、健康診断の数値といった結果を得てはじめて自覚されることも多いのではないでしょうか。
 つまり習慣とは、良きに付け悪しきにつけ、我が身を振り返ったときに、事後的に発見するものではないかと思います。そしてその果実は、思いがけない形でプレゼントされるものなのかもしれません。しかも、すでに身に染みついてしまったものですから、そう簡単に無くなることもありません。いわく、良い習慣は「かけがえのない財産」、悪い習慣は「発見した頃には手遅れ・・・」ということでしょうか。
 法然上人はお手紙の中で、「何か支障があって日課念仏を欠かしてしまったときに、『あぁ、お念仏をとなえなかった』などと思うようであれば、それはすでにお念仏のことを心掛けているので、相続しているといえるのですよ」と仰っています。ここで言う「相続」とは、お念仏をとなえるという行為が、心と身体にしっかり根付いているからこそ、欠けたとき、それが思い起こされる。そんな習慣のことを指しています。
 私たちも、自分の身の上を振り返ったときに、いつのまにか念仏が習慣となっていたと思えるように、日々のお念仏の一ぺん一ぺんを、大事にしてゆきたいものですね。
                  青森県津軽郡今別町   本覚寺 工藤量導氏

3月の言葉 「 蒔かぬ種は生えぬ 」
  We must sow before we can reap.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)H20_No.493 <写真は学校長揮毫の書>


 学校に通っていた頃を振り返ると、勉学に苦しんだ日々が思い出されます。勉強が大好きで毎日自分から喜んで机に向かった・・・・・・、という方はどの位いらっしゃるのでしょうか。私は勉強が苦手でしたので、机に向かうこと自体が少なく、試験ではよく苦しみました。街中が春色に染まった三月、大学の卒業式を終えた時には、ついに勉強から解放される、と喜んだものです。
 しかし喜んだのも束の間。就職すれば今まで学んできたことが通用しないような仕事が待っています。
 もちろn僧侶も同じで、学校で学んできた知識以上のものが必要となることが多くあります。
 現在、私が奉職する京都の大本山清浄華院の御法主は伊藤唯眞台下です。台下はほんとうに豊かな知識をお持ちで、お話しさせて頂くたびに、新しいみ教えを頂いています。
 宗祖法然上人は、私には考えられない量の教典を読破され、さらにそのほとんどを暗記されていたとのこと。畏敬の念を感じるとともに、いたらぬ自分が恥ずかしくなります。
 さて、私たち浄土宗の僧侶は檀信徒の方々に、お念仏を申しましょうとお伝えしますが、何故お念仏を申すのでしょうか。そう、ご存じの通り、お念仏を申すことで、阿弥陀さまがご本願で極楽往生を約束してくださるからです。
 さて、お念仏と「勉強」の関係について、法然上人は、ご遺言である「一文起請文」の中で「・・・み」仏の教えを学びとることによって、お念仏の意味合いを深く理解した上でとなえる念仏でもありません・・・決して智者のふりをせず、ただひたすらお念仏をとなえなさい」と述べておられます。法然上人が生涯かけて仏教を学ばれた結果、極楽往生のためには仏教を勉強したり、お念仏の功徳について学んだりすることよりも、ただお念仏を申すことの方が大切である、という考えに至られたわけです。
 社会に出て成功という花を咲かせるためには勉強も必要となりますが、極楽往生の花を咲かせるためには勉強よりもお念仏を申すことが必要なのです。
 学校の勉強は社会人になるための種蒔きであり、人生の最後に迎える極楽往生には「一枚起請文」にあるように、ひたすらお念仏を申す、という「種蒔き」が必要なのです。
福井県敦賀市  長福寺 吉川善生氏

2月の言葉 「 闇があって光が見える 」
  When we encounter darkness,we can see light.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)H20_No.492 <写真は学校長揮毫の書>


 最近、話題のメタポリック症候群。世にはよほどこの予備軍が多いのか、国をあげ検診が行われ、また「メタボ狂歌」で、悲哀を嘆く人もいるようです。実は以前の私もその一人。太っていることに劣等感を感じ、普通の会話も嫌みに聞こえ、ずいぶん悩んだものでした。
 数年前、とあるご縁でスポーツをと誘われ、いつの間にか楽しさを覚え、食事にも気を使うようになりました。太っているとの言葉も次第に励ましと聞こえ、食事の大切さや周りの人の協力のありがたさをあらためて感じました。悩みのお陰です。
  小さい悩みかも知れませんが、その一つ一つにもちゃんと解決のきっかけがあるんだなと改めて気づきました。自己を見つめる良い機会でした。
 表題にある「闇」の字の由来は「門を閉じる」だそうです。「心の闇」と言われるように、思慮分別がつかないこと、「一寸先は闇」のように見通しのつかない、光のない世界を表す言葉です。
 暗くて本当の事が見えないことを仏教では「無明」と呼びます。無明に覆われた心により、身や心を煩わせ悩ませられているのが人の姿なのでしょう。
 私たちは、阿弥陀さまやご先祖様の前に灯火を点します。灯火は自分と仏さまの間に輝く光です。小さな悩みは尽きないし、いつ何時大きな困難に遭うかもわかりません。そんな時「できるなら避けたい、目を背けたいこともあるでしょう。でも、しっかり向き合っていくのですよ」と優しく照らして下さっているのです。
 台風などで停電を経験することもあります。闇の中、この時ほど光が恋しいことはありません。それと同じく心にも、煩い悩んでは反省し、反省してはまた繰り返す、停電状態が訪れます。しかしその苦しみと悲しみが、我々を大きく育ててくれる作用を持っているのです。
 明るいままでは光を見ることは出来ません。闇を経験することで、死ぬまで悩み苦しみ続ける我々に、ありがたい光が見えてくるのではないでしょうか。
 法然上人は「妄想や煩悩を断つことの出来ない凡夫」と自己を見つめ反省され、すべての人を救う阿弥陀さまの光と出合われました。光が当たると闇は次第に消えてゆくもの。どうぞおとなえし、日々をお過ごしください。  
                                                       長崎市 玉台寺 吉田卓行氏

1月の言葉 「 正月は自分の心を正す月 」
 This is the month for setting our hearts right.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)H20_No.491 <写真は学校長揮毫の書>


 平成20年がスタートする。年始めの法要、修正会にはいつも、今年は特に良い年にしたいと、心強く念じている。
 先日、檀家さんのY君と話す機会があった。彼は甲子園を目指す高校球児である。同じプロ野球球団を応援するファン同士、話をすると盛り上がることも多い。
 彼は一年を振り返り、「エラーやミスジャッジなどで、ゲームらしいゲームができなかった。来年こそはきちんと練習を積んで、上を目指してがんばりたい」と語った。
 私はY君に、「それは今この時期だから考えるの?それとも、試合の度、毎回思うのかな?」と尋ねた。するとY君は「そうだね・・・毎回思う」と笑顔で答えた。
 スポーツをする人は、皆正々堂々と戦い、勝ちたいと願うものだろう、そして何事にも決められたルールがあり、野球もそのルールに従うのが当たり前だ。だが時にはエラーなどのミスがあったりする。又いくらがんばっても勝てない時もある。しかし暦が改まる正月には、誤りを反省し、新たな年を正しく過ごしたいと、各々が自分の「ルール」を決め、行うことを願うのである。
 「正」の漢字は、進むべき目標を表す「一」と、足でまっすぐ前へと進む形の「止」が合わさり成り立つ。すなわち「正」は、反省を繰り返しながらも、目標に向かい一歩ずつ進むことを表す字なのだ。先人はなんと理に適う言葉を残してくれたのかと感心してしまう。
 しかし振り返れば、煩悩多き私たち。暦は変わっても、自分自身はそう急に変われるものだろうか?なかなか難しいのが現実である。
 Y君は、毎試合すばらしいプレーをと願い、練習を重ねる。時には挫けること、足踏みすることもあるだろう。しかし常に自分を奮い立たせ、目標に近づきたい一心でがんばっている。
 毎年一年を振り返り、来年こそと思いながら、ついつい元の自分に戻ってしまう私である。そんな時こそ、正月に決めた自分のルール、「正した心」を胸に、生活することが肝要に思う。
 さて、お念仏の教えを信仰する私たちの「正しい」ことは何なのだろう?それはやはり、法然上人の説かれたお念仏の中の生活を送ること、お念仏の実践こそ、自然と自分の心を正すことになるのではないだろうか。
  長野県松本市 真光寺  近藤秀祐      

12月の言葉 「 反省と感謝 」
 We should reflect on ourselves and appreciate how we live.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)H19_No.490 <写真は学校長揮毫の書>


 この1年間でいろんな人が謝罪する姿を見ました。政治家・芸能人・スポーツ選手・経営者等々・・・様々な謝罪会見がありました。
 理由もそれぞれでしたが、上手な謝罪にはなかなかお目にかかることができませんでした。謝ったはいいけれども、ちゃんと反省しているのかと批判される。謝ることも大切ですが、自ら省み、何がいけなかったかをよく考えることが大切ということでしょう。
 そしてそれは態度に表れます。目の前の一人はごまかせても、大勢の人は難しい。だから謝罪会見は本当に難しいのでしょう。
 私は毎晩、眠る前にお念仏をとなえて、1日を振り返ります。自分の行いや言葉は、誰かを不快にさせなかったか。もっと柔らかい言葉で、相手を思いやって接することはできなかったか。自分は何と勝手で情けなく、心の狭い人間なのか。時にそんな自分が嫌になり、自己嫌悪に陥る事もあります。
 そんな時、私は自分の周りの人のことを思ってみます。確かに、私は愚かでどうしようもない人間。でも、私を生み育ててくれた両親、この世に生まれてくる縁となったご先祖さま。そして私を支えてくれる家族、友人、お世話になった方々・・・。思えばきりがありません。
 生まれてから、いや生まれる前から今日まで、私はどれほどたくさんの人に助けられ、ご縁を頂いてきたのだろうか。そう思えば、私が今ここに生きていること自体が奇跡です。そして、どんなに愚かでどうしようもない私でも、絶対に見捨てることは無い阿弥陀さま。たとえ世界中のすべての人が、私を見捨てても、阿弥陀さまだけは私を救って下さる。目には見えず、話すことも出来ないけれど、極楽浄土からいつも私を見守ってくださる阿弥陀さまは、なんと有り難く、心強い存在なのでしょうか。
 我が身を深く省みれば、どうしようもないと気づく。しかしその「どうしようもない」自分は、なんと有り難いご縁に恵まれていることでしょうか。そしてこんな私が極楽浄土に迎い取られ、仏となれる。何と有り難いことでしょうか。
 今日一日、今年一年、そして今までの一生を振り返る。自分を省み、自らを取り巻く全てに感謝する。そして何より、こんな自分も救ってくださる阿弥陀さまに感謝し、お念仏をとなえましょう。
                   広島県福山市 大念寺 佐伯拓哉 氏

11月の言葉 「 み名を称(とな)えて 生きぬく 」
 We are to live while invoking nembutu.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)H19_No.489 <写真は学校長揮毫の書>


「 み名を称(とな)えて 生きぬく 」
 母から、先祖代々の住職であった祖父母の話として「いつも」お数珠を持ち、たとえば腹が立つようなときは、袂の中でお数珠を握り小声で、あるいは心の中でお念仏を称え、鎮めていた」と聞いたことがある。
 十数年前、その祖父母の十七回忌法要がつとめられた時、後席で突然、当時住職だった祖父に「締めの挨拶をしろ」と言われた。
 お集まりの諸大徳の前で、私は「祖父母は私が十三歳の頃、九十歳で遷化し、可愛がられた断片的な記憶と、最期に寺の玄関から見送った記憶しかない。祖父母がどのような人生を送ったのかは全く知らないが、私と曾祖父と、お念仏をとなえることはまったく同じ。逆に考えれば、お念仏をとなえるという一本の筋があり、その周まわりに祖父母や私がある」という内容のご挨拶をさせていただいた。今思えば正式な僧となる行もまだの小僧でありながら、恥ずかしいが、懸命だったことを覚えている。
 我々は日常の中でいろいろな感情を持つ。しかし常にお念仏をとなえていれば、激怒することもないだろうし、悲しいときに潰されてしまうこともない。常に阿弥陀さまが見聞きしてくださる安心感の中で生き、死に際してはお迎えをいただき、必ず浄土に往生させていただける。親しい人と死に別れたとしても、浄土で再会できるとの教えで、悲しみに暮れても、絶望の一歩前で留まる事が出来る。
 この原稿を書く二日前、共に生活していた愛猫を見送った。彼はすぐ往生することはないが、お念仏をとなえて回向すれば、阿弥陀仏の光に照らされ心身の苦痛は消え、きっと救われるとお経に説かれている。家族でお念仏をとなえて猫に回向し、この世から送り出した。いつかは彼とも浄土で会える。たとえ時間や距離が離れたとしても、同じ目的に向かう者同士は親しい。浄土への往生を願い、お念仏をとなえて生きる者同士は親しい。生きる上での辛いこと、悲しいことに一人で潰されることはなく、善いことは共に喜び、健やかに生き、最期は浄土にお迎えいただける。
 浄土宗を開かれた法然上人と、開宗以来八百年、浄土への往生を願った数え切れない人々と、今の私と、心は全く変わらない。 ”み名を称えて生き抜く” 今も昔も、未来も何も心配する事は無いのである。
東京都世田谷区
  感應寺 成田淳教氏

10月の言葉 「 読書に万倍の利あり 」
 Reading books will benefit us a thousand tims.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)H19_No.488 <写真は学校長揮毫の書>


 そもそも私は一般的な読書家ではありません。妻の方がよっぽど小説を読みます。妻のそれは義父の影響によるもので、少女時代、日曜日の午前中は読書の時間だったそうです。
 義父は歴史小説を好む読書家で、子どもたちと一緒にその時間を楽しみ、午後になると書店に行って、好きな本を一冊ずつ買ってくれたといいます。
 読書の楽しみ方は人それぞれでしょうが、その一つに自分が登場人物になりきる方法があります。幼少期からの経験もあってか、そのことが妻は得意で、私はちょっぴりうらやましく思っています。
 私も小説を手に取ることもありますが、宗の総合研究所に属していることもあり、普段もっぱら親しんでいるのは研究書や古典・仏典で、これが自分の研究に生かされることを考えると、実用性の高い本が中心です。
 そんな私の読書傾向はどこからきたのでしょうか。振り返れば、その経験の原点は、両親から買ってもらった図鑑に始まります。
 小学二年から、ボーイスカウトに所属していた私は、そこでよくキャンプやハイキングに行っていました。
 私の幼い頃、週末の寺は忙しく、家族でどこかレジャーに行くという機会はほとんどありませんでした。
 少し寂しかったですが、そんな私を不憫に思った両親が、ボーイスカウトへの入団を勧めてくれたのです。
 週末、リーダーに引率されて山野を歩いた後、自宅に戻って、見かけた昆虫の記憶をたどりながら、図鑑のページをめくる。私には、これがとても楽しみでした。私の現在は、この思いでの延長線上にあるような気がします。
 古の書を読み、それについて誰かと興奮気味に話す私を、他の人は何が面白いのか分からないと言います。
 その面白さをうまく伝えることはなかなか難しいのですが、私はそれでも、書に向かうことをつまらないとは思いません。
 読み進めるうち、古人の喜怒哀楽を目の当たりにし、人間とは変わらないものなのだと共感する。お釈迦さまや法然さまのお言葉が、今の私を言い当てる。 どのような”利”があるかは、まだ分かりませんが、読書はそんな”気づき”を私に与えてくれます。
 灯火に親しむ秋の夜長。皆さまに、良い本との出会いがありますように。
                           (宮城県塩竃市  雲上寺 東海林 良昌 氏)  

 9月の言葉 「 ありがとう 言われるように 言うように 」
 We should live so as to appreciate and be appreciated.
           浄土宗新聞(Honen Buddhism)H19_No.487


 昔、あるドラマで「きれいな言葉を使えばきれいな心になり、汚い言葉を使えば汚い心になる」という台詞を聞いたことがある。「行く言葉が美しければ、来る言葉も美しい」との韓国の諺もある。美しい言葉の行き交う日本であってほしい。
 人は繊細な言葉で傷つくこともあるが、同じく、ちょっとした思いやりの言葉で励まされることもある。マザーテレサは「やさしい言葉は短く、簡単に言えるかもしれない。でも、その響きは永遠だ」と言ったが、身近な言葉なら「ありがとう」と言われたら、誰でも嬉しくなるだろう。
 「ありがとう」の語源は、「有ること難(かた)し」。「有る(ある)ことが難しい」との意味で、「めったにない尊さ」や、「相手への尊重」を表す言葉である。コミュニケーション不足と言われる現代、「ありがとう」の一言で、どれほど人の心が潤うことであろうか。
 お念仏の教えに「念声是一(ねんしょうぜいち)」というものがある。「声はすなわちこれ念、念はすなわちこれ声なり」で、声は心の表れで、心は声となって表れるという意味だ。日常にお念仏をとなえることは、阿弥陀さまをお慕いし、その救いを信じる心の表れ、そして「南無阿弥陀仏」の声は、その大慈悲を私たちの耳に伝え、清々しく尊い気持ちを与えてくれる。言葉というものにはそんな不思議な力がある。
 二月、お檀家の婦人会会長をつとめていてくれたHさんが、突然の病に倒れ、往生された。家族同然で、私にとっても母親のような存在、お寺においては第一級の念仏者であった。緊急手術の甲斐なく、翌日には「回復の見込みがない」と、驚きの連絡を受けた。ご家族と共に救急病院へ最期のお別れに行くと、並んだベッドの仕切は薄いカーテンのみ。全身に沢山のチューブを付けられたHさんに、意識は既にない。諸行無常とはいえ、あまりに突然のその姿に、胸が締めつけられた。
 私はHさんの手を握り、ゆっくりと擦りながら小声で「南無阿弥陀仏」を繰り返した。精一杯の思いを込めたお念仏、これまでの「有り難う」と、いずれ極楽浄土で再会をする約束。意識不明であったHさんのお顔が、そのときふとやわらかく、優しくなられたように思えたことを、今もはっきり覚えている。
佐賀県神崎市 円福寺 黒谷真了氏     

 8月の言葉 「生けらば念仏の功績もり 死なば浄土にまいりなん」
   When we are alive,invoke nembutu so as to follow the path of virtue.
  When we pass away , we shall be bom in the Pure Land.
 浄土宗新聞(Honen Buddhism)H19_No.486


 このシリーズは、毎月の浄土宗のことばと、学校長揮毫の書を紹介しています。
 夏真っ盛り、街のあちらこちらで僧侶の姿を見かけることが多くなりました、お盆(旧盆)の季節です。
 昨年、棚経のおまいりの時、小学1年生のトッちゃんという近所の男の子に道で出会いました。
 「どこ行くの?」と声をかけると「今から山にカブト虫を放しに行くねん」との答え。よく見ると、手に大事そうに虫かごを持っています。「トッちゃんあんなに大事に飼ってたのに放してあげるの? ほんまにいいの?」というと「和尚さん、知らんの?お盆の間に殺生したらあかんねんで、ばちが当たるねんでぇ」と答えました。
 「殺生って難しい言葉よく知ってんなぁ」というと、「おばあちゃんから意味聞いたもん。そやから山に放したんねん。カブト虫も家族に会いたいねんて」と言い、おばあちゃんの言いつけを守り、カブト虫を山に帰してあげるその姿は本当に微笑ましいものでした。
 トッちゃんはおばあちゃんが大好きで、おばあちゃんの言うことをよく聞きます。そしておばあちゃんもトッちゃんのことが大好き、いろいろ大切なことを教えてあげています。
 一日の命をつなぐため、私たちは魚や豚、野菜など多くの命を奪い、いただかなくてはなりません。
 それをトッちゃんのおばあちゃんは当たり前の権利として教えてはおらず、お互い命あるもの、そして命は尊いものであることを教えています。
 その地方、その家ごとに様々な風習やしきたり、決まりごとがあります。お盆のこの時期、家族で生命について語り合うことも大切なことではないでしょうか。
 私たちは毎日、多い少ないに関わらず罪を作っています。欲張り、腹立ち、愚痴の煩悩の心でいっぱいで、そして罪を作っていることに気付こうとすらしないこの私。
 どこどこまでも愚かな凡夫の私です。だからこそ、日々お念仏をとなえることが大切なのです。お念仏の功徳を率直にいただきましょう。そうすれば、「生けらば念仏の功績もり 死なば浄土にまいりなん。 とてもかくてもこの身には 思いわずらうことぞなき と思いぬれば 死生共にわずらいなし」と、法然上人のお言葉にあるように、阿弥陀さまが間違いなく私たちを導いてくださるのです。 (大阪府高槻市 阿弥陀寺 芳井隆昇氏) 

7月のことば 「極楽は心のふるさと」   We should return to the Pure Land, Ouw homeland
                  浄土宗新聞H19_No.485


このシリーズは、毎月の浄土宗のことばと、学校長揮毫の書を紹介します。
 もうすぐ夏休み。ふるさとへの帰省を楽しみにしている方も多いのではないでしょうか。生まれ育った場所の人や町並みは、回想するだけでも私たちの心を温かくしてくれます。
 ある日、お檀家さんより、父親の法要を営みたいとのご連絡をいただきました。「父をはじめ、普段からご先祖様に見守っていただき、ありがたく思っております。自分が生きている間にしっかりと供養をしておきたい」との篤い思いをお持ちでした。実はその檀家さんは病にかかり、余命宣告をされていたのです。
 法要当日、読経中は私が打ち鳴らす鉦(ふせがね)の響きに合わせて一緒にお念仏をおとなえしました。法要が終わり、お話をうかがうとそのお檀家さんは「昨日、新幹線で来て、ホテルへ泊まりました。最後の旅だと思うので感慨無量です」とのお話でした。また続けて、「窓辺にご先祖様の位牌を並べて、妻と一緒にふるさとの景色を眺め、楽しみました。今日お勤めをしていただいて安心しました。おそらく、もう住職さんとお会いできることはないでしょうが、ご縁があったらまた・・・」とおっしゃいました。
 身体の痛みに耐えながらも、平静に、爽やかに語られていた様子がとても印象的でした。臨終を覚悟し、余命をお念仏の教えを持って精一杯生き抜こうとされている尊いお姿でした。
 健康な者にとっては生を当然のこととして捉え、死を意識して生活することはありません。しかしながら、死は誰にでも必ず訪れるもので、避けて通ることはできないのです。今を生きる私たちには心のよりどころが必要で、その一つがお念仏の教えです。お念仏の教えをよりどころとすることにより私たちの心の中に阿弥陀さまの光明が差し込み、極楽へ思いを馳せることができます。お念仏をおとなえする者がみな、生まれ行くことができる世界。先に往かれた方と再会することができる世界。そしてそう思うことによって、生きる私たちに安心を与えてくれる世界。それが極楽です。
 「ご縁があったらまた・・・」とおっしゃっていたお檀家さん。いつの日か必ず仏縁を通じて、極楽でお会いできる日が訪れることと存じます。また、お父様やご先祖様と再会され、ありし日同様、一緒にお過ごしになれることでしょう。
 極楽はお念仏の教えに依った人のこころのふるさとなのです。 (横浜市鶴見区  安養寺 古屋 道正氏)
 

6月のことば 「捨てる 勇気」  Be strong enough to throw away nonessentials. 浄土宗新聞H19_No.484

捨てる勇気
このシリーズは、毎月の浄土宗のことばと、学校長揮毫の書を紹介します。
 「囚われた心は、自由な心にはかなわない。」以前読んだ本に、そのような一文がありました。そうは申しても、守りたい物や叶えたい願いがあればこそ、難しいようにも思います。「幸せ」とは何だろう?と思いながら人は、その幸せを求めて生活しています。
 ただ、道理に合わないことに固執したり、自由の意味を履き違えては「目の前の幸せ」に気づけず、本当の幸せが見えてこない気がします。
 自然の摂理に従い自分のつとめを果たし、及所は阿弥陀さまにお任せして、あるがままを受け入れるのは、大変なことかもしれません。が、見えるものや感じるものが、良い方向に変わってくるように思います。
 囚われた心の歪みは、家族や社会に大きな影響を与えます。今の私たちやこれからの社会にとって、知識だけではなく知恵の伝承や、何よりも正しい教えによる心の相続が大事だと思います。愚に還るつもりで自我を捨て、摂取不捨の阿弥陀さまのお導きを信じ、囚われない心でお念仏すると、愚痴が出がちなこの身から、自然と感謝の言葉が出てくるように思います。そして心豊かに、ゆとりにも身近な幸せにも気づくことができるのではないでしょうか。
 私は二十八歳の秋に、白血病だと判りました。それから約四年が経ちますが、今も薬を飲みながら法務に励んでいます。
 守りたいものがあるからこそ、その時に大事なものは何かと考えてみる必要がありました。妻や家族と勇気を持って、余計なものを捨てて気づいた大きな幸せがありました。人様のありがたみも強く感じました。今はその経験を、子どもたちにつなげていきたいと思っています。
 心の中の余計なものを捨てても、阿弥陀さまは困りません。阿弥陀さまと向き合い、心の整理と整頓をして、明るく正しく生きるためのお念仏をおとなえしたいものです。
 一日を楽しみたいなら、花を生けましょう。一年を楽しみたいなら、花を植えましょう。十年を楽しみたいなら、木を植えましょう。そして百年を楽しみたいなら、お念仏をとなえて身近な幸せを感じ、心を養い人を育ててみませんか?
 今思えば、十年前に還化した先代住職も、そのようにお檀家さんに接し、また父として私たちを育んでくれていた気がします。
(北海道砂川市 北泉岳寺住職 皆上泰信氏)

5月のことば


このシリーズは、毎月の浄土宗のことばと、学校長揮毫の書を紹介します。
「急がず あせらず ゆっくりと」

4月のことば

このシリーズは、毎月の浄土宗のことばと、学校長揮毫の書を紹介します。
校門を入って、すぐ右に立っています。
「花咲く 命に たゆまぬ 念仏」



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